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2. 名 詞 文

2.1 2種類の名詞文 2.2 名詞文の「は」と「が」 2.3 「ハ・ガ文」 2.4 「Nも」 2.5 名詞文の否定と疑問 2.6 名詞の修飾語 2.7 名詞文の補語 2.8 「ウナギ文」 2.9  その他の問題 補説§2

2.2 名詞文の「は」と「が」    2.2.1 「は」と「が」の違い [二つの型と疑問語]    2.2.2 「焦点」と「主題」    2.2.3 「対照のハ」という考え方 2.4 「Nも」 [NもNも] 2.5 名詞文の否定と疑問    [否定文] [疑問文とその答え方] [否定疑問文] [Nも] 2.6 名詞の修飾語    2.6.1 NのN    2.6.2 連体詞・形容詞・副詞+N 2.7 名詞文の補語   [Nと][Nで][Nに][時・範囲] 2.9  その他の問題   [N+助詞 です][主題を補えない文][動詞から派生した名詞][自同表現]

補説§2
   §2.1 三上章の『序説』から    §2.2 『文法ハンドブック(初級)』 §2.3 砂川有里子『文法と談話の接点』    §2.4 高橋太郎の論文


これから基本述語型のそれぞれについてゆっくり見ていきます。最初は名詞文です。 名詞文で考えるべき問題は、まず名詞文の二つの型の違いと、それに関わる「は」と 「が」の使い分けです。他には、否定・疑問の言い方、名詞にかかる修飾語、とりうる 補語、などをとりあげます。

2.1 2種類の名詞文

名詞文の型は前に述べたように、 N1 は N2 です です。主題の名詞「N1」について、「N2 です」という解説をあたえている文です。 その「主題についての解説」ということの内容をよく調べると、大きく二つの型を立て ることができます。
前に、基本述語型の話の時に出した例1は、第一の型の例文です。例2も、同じ型です。 1 私は田中です。 2 これは私の本です。 ふつう、名詞文と言ってまず頭に浮かぶのはこの型の文です。 第二の型は、例えば上の例文の「は」の両側の名詞を取り換えたものです。(第一の 型の両側の名詞を取り換えれば、いつも第二の型になるというわけではありません。こ こでは話の分かりやすさのために、そのような例文を使ったまでです。) 3 田中は私です。 4 私の本はこれです。 かりに、上の例1・2を「AはBだ」と記号で表すことにすれば、例3・4は「Bは Aだ」と表すことができます。さて、この二つのグループは、それぞれどんな場合に使 われる文か、考えてみましょう。 日本語教科書では、第一の型の方が多く出されます。第二の型の方は、意識的に場面 を作って、慎重に出されます。この二つをごちゃごちゃに出すような教科書は、あまり よくない教科書と言うべきでしょう。 第一の型の「AはBだ」のほうがふつうに使われる文で、例えば例1は「私」につい て名前を言っていますし、例2は「これ」の所有者を言っています。 1’私は田中です。(自己紹介。または他の人と間違えられて) 2’これは私の本です。(一冊の本を手にして。または他の本と区別して) 言い換えると、Aにその内容・実質に関する情報をつけ加えています。第一の型の名 詞文は、みなこの「属性の説明」という共通の性質をもっています。「事物の一致」を 表すとか(例1・2)、「包含関係」を示すとか言われるもの(「鯨は哺乳動物です」) も、この「属性の説明」と言えます。 それに対して、第二の型の「BはAだ」のほうは、Bで表されるような内容・実質を 持つ対象物をAで指しています。そのものを指し示すだけなのです。 例えば、例3では「田中という人」が「今ここにいる中のどの人か」を示し、例4では 「私の本」に該当するのは、「いくつかあるうちのどれなのか」に答えています。 3’田中は私です。(大勢の中で「田中さんは?」と聞かれて) 4’私の本はこれです。(いくつかの中から一冊を捜し出し、選んで) もう一度まとめると、第一の型は「A」で示されたものが、「どんな」ものであるか という情報をつけ加えているのに対し、第二の型は「B」で表されたものが「どれ」で あるか、ものそのものを指示しています。「Bは・・・・」と言った後で、指さして示 すだけでも、聞き手が同じ情報を得ることができるような意味の文です。 また、名詞の種類を見てみると、「私・これ・ここ」」のように人や物を指示する 「代名詞」と言われるような名詞がAの位置に来るのに対して、Bに来るのは「田中・ 私のかさ・教室」のように具体的な人・物を表すことばです。このような名詞の種類の 違いが、この二つの型のもとになっているのです。 このような違いは、「意味の違い」として、使われる文脈を正しく理解できればそれ 以上問題にする必要はないと思われるかもしれませんが、次節で見るように、これは文 法的な違い、つまり文の形の違いでもあるのです。そのことを次に考えます。

2.2 名詞文の「は」と「が」

2.2.1 「は」と「が」の違い

名詞文でよく問題になるのは、次の二つの文の違いです。   1 私は田中です。   2 私が田中です。 この二つの文を、例えば英語に翻訳するとどちらも"I am Tanaka."になるとよく言わ れます。  では、どう違うのでしょうか。この二つの文だけで考えていてはわかりません。それ ぞれどんな場合に使われるのかを考えてみましょう。例2の「が」を使った文は、前に 出した次の文と同じ場合に使えます。   3(「田中さんはいますか」)田中は私です。 例2と3は微妙に違うのでしょうが、その違いはここでは問題にしません。同じ場面 で使うことができ、同じ情報が伝わり、聞き手に何も違和感を感じさせなければ、同じ ものとします。 名詞文の「は」と「が」の違いというのは、結局前に説明したような名詞文の二つの 型の違いとして説明できます。「AがBです」は「BはAです」の別の形として考えれ ばいいわけです。 では、どうしてそうなるのでしょうか。「は」と「が」の違いは何でしょうか。「疑 問語」の使われ方を考えてみると、糸口が見つかります。
名詞文の中で、「なに・どなた・どれ」のような疑問語はどのように使われるでしょ うか。少し例を見てみましょう。   4 これは何ですか        → これはキウィです (=キウィです)   5 あなたはどなたですか        → 私は田中です (=田中です) この2つの例は、上に述べた「AはBです」型、名詞「A」の属性を説明する型で、 最もふつうの名詞文です。  ここでは疑問語はBの位置に現れます。答の文は全体を言う必要はなく、後ろ半分 「Bです」のところだけで用が足ります。つまり、「質問の焦点・答の焦点」、別の言 い方をすれば、「聞きたいこと、言いたいこと」は「は」の後ろにあります。 それに対して、「BはAです」型の文、名詞「B」で示された属性にあてはまる「A」 を多くのものの中から選ぶような意味の名詞文ではどうなるでしょうか。 6 あなたのかさはどれですか        →私のかさはこれです (=これです) 7 田中さんはどの人ですか        →田中さんはあの人です(=あの人です) 8 どれがあなたのかさですか        →これが私のかさです (=これです) 9 どの人が田中さんですか        →あの人が田中さんです(=あの人です) 例6・7の例のように「は」を使った場合は、その後ろに疑問語が来ることは「Aは Bです」型と同じです。そこが「聞きたいこと」であるわけですが、「が」を使った例 8・9では、「Nが」のところに疑問語が来ています。そして、答える時に文全体を繰 り返すのでなく、質問の焦点だけを答えるやり方ではその「Nが」に来る名詞を使って 「Nです」と答えることになります。 以上のことをまとめると、次のようになります。  1 「AはBです」(「BはAです」も)の場合、「は」の後ろが聞きたいこと、言い    たいこと    2 「AがBです」の場合、「が」の前が聞きたいこと、言いたいこと  3 「AはBです」の場合、疑問語は「は」の後にくる。 疑問語を前に持ってくると、「AがBです」の文になる。    疑問語とは「聞きたいこと」そのものだから。   このことを、    「は」は「既知」のことがら:「旧情報」 を示し、    「が」は「未知」のことがら:「新情報」 を示す、という言い方で述べることもあります。 名詞文の「は」と「が」の違いは、聞きたいこと・言いたいこと、つまり情報の焦点 をどこに置くかということの違いです。疑問語を、あるいは答えの焦点を、前に持って きたい時に、「〜が〜です」を使うのです。

[二つの型と疑問語]

 上にあげた例では、「どなた」は名詞文の第一の型、つまり名詞の属性を説明する型 で使われていましたが、第二の型、ある属性を持つ名詞を選び出し、指定する型でも使 えます。  次の二つの例をよく見比べてください。 1 「あの人はどなたですか」(×どなたがあの人ですか)      「あの人は田中さんです」  この例では「どなたが」という形は使えません。「どなた」は、人の属性の一つとし ての名前をたずねていますから、「NがNです」の形にはなれません。  しかし、次の例では違います。     2 「委員長はどなたですか」(どなたが委員長ですか)       「委員長は山田さんです」       「ああ、山田さんが委員長ですか」 ここでの「どなた」は、むしろ「どの人」かをたずねています。答えの「山田さんで す」も、その名前を言うことによって、「あなたの知っている、あの山田さんですよ」 という意味合いで、人を特定するために使われています。ですから、「どなたが〜」と いう形が使え、その答えとして「山田さんが〜」という形も使えます。  次は、「何」を使った同じような例です。     3 これは何ですか。(×何がこれですか)     4 原因は何ですか。(何が原因ですか) 3は説明型で、「何が」は言えません。4は指定型で、「何が」が使えます。 「何曜 日」の場合も、同じような2つの型があります。     5 今年の文化の日は何曜日ですか。(×何曜日が今年の文化の日ですか)     6(この図書館の)休みは何曜日ですか。(何曜日が休みですか)  以上のように、名詞文の「Nが」に疑問語が使える場合と使えない場合があります。 それは、名詞文の二つの型の違いによります。

2.2.2 「焦点」と「主題」

さて、以上の説明の中で「焦点」ということばを何度か使いました。「質問の焦点」 「情報の焦点」「答えの焦点」です。これらは、言い換えれば、「聞きたいこと・言い たいこと」です。「AはBです」では「Bです」、「AがBです」では「Aが」がそれ に当たります。その文の中で、重要な情報を背負った部分です。 では、「焦点」でない方は、それほど重要ではないのでしょうか。上の説明の例の中 でも、「AはBです」の「Aは」は、答えの文の中では省略されてしまったりする し・・・・。 もちろん、そんなことはありません。例えば、「AはBです」の「Aは」の部分とい うのは、「主題」です。主題というのは、まさに現在の話の「主」になっている部分で す。その文は、その主題についての情報を伝える文です。  ただ単に、 田中です。 と言っただけでは、「私」のことなのか、「あの人」なのか、「この会社の社長」のこ となのかわかりません。そんなことは当たり前だと言うかもしれませんが、何が主題な のかが話の流れの中ではっきりしている場合にのみ、省略され得るのです。  上の多くの例で主題が省略されるのは、重要でないからではなく、逆に話の「主」に なっていることがお互いにわかっているから、省略できるのです。 「AはBです」の「Aは」は主題ですが、「AがBです」の「Aが」は何でしょうか。 前に述べたように、「AがBです」は「BはAです」と置き換えることができます。つ まり、「Aが」は主題ではなくむしろ説明の部分で、「B(です)」の方が、話の流れの 中で話題になっていて、主題に取り上げられるべきものです。  このような文を、主題が陰に隠れているという意味で「陰題」の文と呼びます。まっ たく主題がない「無題文」とは違うというわけです。そうすると、名詞文には基本的に 無題文はないということになります。 この「は」と「が」の使い方は、形容詞文でも、動詞文でも問題になりますので、 また繰り返しとりあげます。

2.2.3 「対照のハ」という考え方

さて、「主題」を表す「は」のもう一つの意味合いについて述べましょう。 主題の「Nは」には、他のものと違ってこのNは、という含みがあることがよくあり ます。身の回りにある多くのものの中から一つを選んで、「これは」という時、自然に 他のものとの対比が含まれているのです。
このことを重視して、「は」は、「主題」のほかに「対照」(あるいは「対比」)を 表す、という説明をしている本も多くあります。  例えば、 これは私のですが、それは山田さんのです。 の二つの「は」は「主題」を示すのではなく、「対照」を示すというのです。 しかし、この本ではその考え方をとりません。「主題」の場合にも対比的な意味合い があることが多く、上の「対照」を表す「は」というのは、その対比的意味合いが文の 構造に補強されて強く現れたもの、と考えるからです。つまり、上の例のような「Nは Nです」の「は」は常に主題を示し、「対照」という「別の用法」はないということで す。  上の例も、次のように考えると、やはり「主題」であると考えなければならないこと がよくわかります。 これは私のですが、あれは山田さんのです。 これは私のです。けれども、あれは山田さんのです。 これは私のです。あれは山田さんのです。    これは私のです。そして、あれは山田さんのです。 この8つの「Nは」のどれが主題で、どれが対照なのでしょうか。もし、初めの例を 対照としてしまうと、あとの全部も対照とせざるをえません。文の中での役割、述語と の関係はみな同じだからです。  そうすると、これらの文はすべて主題を持たないことになります。これは誤りです。 特に最後の例の二つの文などは、それぞれ「Nは」について解説を加えている文と言わ ざるを得ません。  そこで、上の「Nは」はすべて主題であり、文の構造によって対比的意味合いを強く 持たされているだけ、と考えた方が、一貫した説明になります。   以上の理由により、「対照」または「対比」という用語を「主題」と対立するものと して使うことは、この本ではしないことにします。 (ただし、一つの述語に対して二つの「は」がある場合はまた別の考慮が必要です。そ のことは「5.「は」について」で述べます。)

2.3 ハ・ガ文

以上、ハとガの違いについてくわしく述べましたが、このハとガが一つの文の中に出 てくる文型があります。日常的によく出てくる文型で、例えば次のようなものです。 1 あの人はご主人がドイツ人です。 2 このビルは1階がレストランです。 3 カキ料理は広島が本場です。  4 私は仕事が趣味です。   このような文型を特に「ハ・ガ文」と呼びます。この「が」は、前に「NがNです」 として述べたような「焦点のガ」ではありません。  この文型は、主題の「Nは」に対して、「NがNです」の部分が解説になっていま す。 この名詞文の「ハ・ガ文」は初級の日本語教科書ではあまりとり上げられない文型で す。初級段階の会話ではたしかにあまり使われない形ですが、中級以上になるとよく使 われます。 名詞文のハ・ガ文は、それぞれの名詞の意味関係の型によって2つに分けられます。 全体を「AはBがCだ」と記号化すると、「AのB」という意味関係を含むもの(例 1・2)と「AのC」のもの(例3・4)があります。 1’あの人のご主人はドイツ人です。 2’このビルの1階はレストランです。 3’カキ料理の本場は広島です。 4’私の趣味は仕事です。  また、「AのB」のほうは、実際に使われるときに、「Bが」が他の名詞との対比的 意味合いを持たされて、「Bは」となって現れる場合があります。 2”このビルは、1階はレストランです。(2階以上は事務所です)  「AのC」のほうは、「Bは」にはなりにくいです。     4”?私は、仕事は趣味です。  この、例3・4のような文型になる「本場・仕事」のような名詞は、主題となる「N は」の名詞の「重要な側面を表す」ような名詞です。
 その中でも、上の例4のような名詞述語の場合に、名詞「B」のところが「節」にな る例が多くあります。(→「57.2.8 名詞節を受ける名詞」)     私は日本語を教えるのが仕事です。    ハ・ガ文は形容詞文や動詞文(「NハNガ」の形になりやすいある種の動詞)に関し てとりあげられることが多いようです。それについては、それぞれの文型のところでと りあげるほかに、「8.ハについて」でまとめることにします。

2.4 「Nも」

「NはNです」を導入する際に、「NもNです」の形も教えることが多いです。特に 直接法の場合には、主題の「は」が元々持っている対比的意味合いを感じ取らせるのに 有効です。 「も」はその前の文と述語が同じ内容で、同様のことが別の名詞についても成り立つ ことを表します。 これは山田さんのです。あれも山田さんのです。 まず「これ」について述べた後で、「あれ」について、同じことが言える、同様だ、 という意味をつけ加えている感じです。これを「は」で言うと、まったくつながりのな い、別々の文に聞こえます。 ?これは山田さんのです。あれは山田さんのです。  それぞれ独立した文として考えれば、問題のない文なのですが、このように並べてみ ると、第一の文の主題によって作られた話の流れの中では、第二の文はうまくあてはま らないということです。 ただし、あいだに他の述語が入れば、それとの対比として「Nは」が使える場合もあ ります。(これらの「Nは」は「主題」です。) これは山田さんのです。それは田中さんのです。あれは山田さんのです。 もちろん、「そして」とか「けれども」などの接続詞を適宜使ったほうが自然ですが。  このように、「Nも」は、前の述語と同じ内容の述語が続くとき、その「Nは」の かわりに使われます。この「Nも」は「Nは」を受けているので、同じように主題を 示します。 英語などからの類推によるものと思われますが、次のような誤用があります。 ?兄はテニス部です。兄も文芸部です。 この二番目の文で言いたかったことは、「兄は、テニス部の部員であり、かつ、文芸部 の部員である」ということです。上に述べたように、「Nも」は「述語が同じ」場合に 使われるので、この例のように主体が二つの述語に関して成り立つという場合には使え ません。  そう言いたい場合には、    兄は文芸部でもあります。 のように「も」を「です」の中に組み込んだ形「でもあります」を使うのが一つのやり 方です。このような「も」の使い方は「28.3 形式動詞」でもう一度とり上げることに します。  もう一つの方法は、    兄は文芸部にも入っています。 のように、「〜部です」と同じ意味を表すような別の表現を使って、「も」をつけやす い形にします。ここでは、「〜部に入る」を使って、動詞文の補語に「も」をつけてい ます。このほうが「でもあります」より自然な言い方です。

[NもNも]

初めから頭の中に「これ」と「あれ」があり、「両方そうだ」という気持ちの場合 は、最初の文から「も」を使うことができます。 これも山田さんのです。あれも山田さんのです。 これを一つの文にして、 これもあれも山田さんのです。 という形もできます。いま話題にしているものは全部そうだ、という意味です。 ここで、「NとN」とはどう違うのかという質問が生まれます。 これとこれは山田さんのです。  これはやはり「は」の文ですから、ほかのものとの対比の気持ちがあります。 「も」は対比ではなく、同類を並べるものです。(「NとN」は「9.9 並列助詞」を見 て下さい。)

2.5 名詞文の否定と疑問

[否定文]

名詞文の否定文は、1.1 で述べたとおり、 AはBではありません でいいわけですが、小さな問題があります。これは少し硬い言い方で、実際の話しこと ばでは、 AはBじゃありません となるでしょう。これらは同じ意味で、「では」が発音変化を起こして「じゃ」になっ たものです。(同じような変化として、「それでは→それじゃ」「読んではだめ→読ん じゃだめ」などがあります)

[疑問文とその答え方]

疑問文は、文末に「か」をつけて、 AはBですか これはあなたのかさですか。 とすればそれでよく、とても簡単です。(話しことばで文末の音声を上昇させること、 いわゆるイントネーションの問題はここでは述べません。「42. 疑問文」を見て下さ い。) それに対する答えは、肯定なら「はい」、否定なら「いいえ」をつけます。 はい、(これは)わたしのかさです。 いいえ、(これは)わたしのかさではありません。 日本語では(聞き手に)わかっていることは省略できるので、「Aは」を繰り返さず に、省略することができます。これは当たり前のようですが、学習者の母語によっては 当たり前のことではなく、「Aは」を繰り返さないと気持ちが落ち着かないということ があるようです。 また、よく使われる言い方として、「そう」を使った答え方があります。 はい、そうです。 いいえ、そうではありません。 この「そう」は「あなたの言うとおりだ」ということを表します。表面的な文の形を見て、 AはBです:そうです だから、「そう」は「AはB」の部分に当たる、と考えてはいけません。次のような例 もあります。それぞれの「そう」は何を表しているでしょうか。   「これはあなたのですか」 「はい、そうです」 (これは私のです) 「あれもそうですか」 (あなたのですか) 「はい、そうです」 (あれも私のです) (「そう」については「15.指示語」、「そうだ」については「42.疑問文」でまたと りあげます。) 疑問語を使う疑問文の場合も、「か」をつける点は同じです。 これは何ですか。 答えには、「はい」「いいえ」をつけず、疑問語のところに名詞を入れるだけです。 (これは)キウィです。 そして、これは重要なことですが、この「キウィです」という答えは、述語を備え た、立派な文です。これを単に「キウィ。」と答えると、名詞だけの、述語を省略した 文になり、丁寧さなどを言い分けられないという点で不十分な文になってしまいます。 (「文」の定義については、「補説§2」を見てください。)  例えば英語で代名詞を使わなければならない場合に、日本語ではその語を省略しま す。そのほうが日本語として自然な言い方です。  他の疑問語でも基本的には同じです。    「あなたのはどれですか」「これです」    「日英辞典はどの本ですか」「この本です」    「誕生日はいつですか」「12月4日です」    「あの服はいくらですか」「2万円です」  前に述べたように「が」を使った文でも同じです。 「どれがあなたのですか」「これです」  (丁寧体でない、普通体の疑問文に関しては、「か」の使い方に注意が必要です。 「42.2 疑問文の形式」を見てください。)

[否定疑問文]

以上のように、日本語の疑問文はこれまで述べた範囲では単純なのですが、否定と疑 問が重なる形、否定疑問文といわれるものは注意が必要です。 1 これはあなたの本ではありませんか。 この質問に対する答えは、質問のイントネーション、前後の文脈などによって変わって しまいます。 1a はい、私の本です。/いいえ、私の本ではありません。     b はい、私の本ではありません。/いいえ、私の本です。 の後の答えもありえます。ただし、質問というよりは「確認」に近くなっています。 (「確認」については、「42.5 確認の表現」を見てください)  質問者が、「あなたの本」だと思っている場合。(1a) 「これは彼の机にあった本ですが、これは(実は)あなたの本ではありませんか。」    「はい、(ご推察のとおり)私の本です。」      (「いいえ、(とんでもない)私の本ではありません。」) 質問者が、「あなたの本」だと思っていない場合。(1b) 「あなたのだと思っていたけれど、ここに小さく彼の名前が書いてありますね。    「そうなんですか。これはあなたの本ではありませんか。」   「はい、借りているだけで、私の本ではありません。」 (「いいえ、実は、それは私の本です。彼からもらったのです。」) 質問者の予想する答えが「私の本です」の場合は「はい、私の本です」となり、そうで ない場合は「いいえ、私の本です」となると言えるでしょう。質問の受け手は、質問者 がどのような答えを予想しているかを考えて、答え方を選ばなければなりません。

[Nも]

疑問や否定の中に「Nも」が出てくると、答え方が難しくなります。 これもあなたのですか。 という質問に、つい いいえ、これも私のではありません。 と言いかねません。もちろん、   はい、これも私のです。   いいえ、これは私のではありません。 が正しい答えです。  否定疑問文に「も」が使われた形、 これもあなたのではありませんか。 などと言われると、とっさに答えるのは難しいことです。 この質問が出てくるような前後の文脈をはっきりさせてみると次のようになります。 「これはあなたのですか」    「いいえ、私のではありません」    「これもあなたのではありませんか」    「はい、これも私のではありません/いいえ、これは私のです」 となるか、あるいは、   「これはあなたのですか」 「 はい、私のです」 「 これもあなたのではありませんか」(これもあなたのですか) 「はい、これも私のです/いいえ、これは私のではありません」 となるでしょう。後の場合は、「〜ではありませんか」という「否定疑問」が肯定の答 えを予想したものなので、それがわからないと答え方が一層難しくなります。

2.6 名詞の修飾語

これまでの例文の中には、名詞の前に何かそれを修飾する言葉がついているものがあ りました。「この本」や「私の本」などです。まず、「NのN」からとりあげます。

2.6.1 NのN

「NはNです」のそれぞれの名詞は、修飾語を付けることができます。名詞が名詞を 修飾する場合、「NのN」の形になります。  その表す意味関係はさまざまです。 私の本・手(所有関係) 私の姉・友達(人間関係) 机の脚・引き出し(部分) 机の大きさ・重さ(物と性質) 教室の机・窓(所在地) 日本の自然・天気(場所) 日本のテレビ・小説(生産国) 教室の中・隣(位置関係)   スポーツの前・後(時間関係) 英語の新聞・辞書(使用言語) 経済の本・話(内容) 木の机・紙の箱(材料) 三人の学生・2本のペン(数量) 医者の山田さん(職業・立場) ひげのおじさん(特徴) この他にもさまざまな意味関係になります。初級の初めで出されるのは、このうちの わかりやすいものだけです。いろいろな意味関係を表しうるので、どの意味かはっきり しない場合も出てきます。例えば「日本語の本」というと、内容(日本語について)を 表すのか、使用言語(日本語で書かれた)を言っているのか、あいまいになります。 所有を表す「NのN」の後のNは省略することができます。 これは私のです。 私のはこれです。  生産国の場合も省略できます。 この車は日本のです。(「日本車です」というほうが自然です)  そのほかの場合は、文脈ではっきり示されていなければなりません。 ?この辞書は日本語のです。 「辞書はありますか」「え、何語の?」「日本語のです」 この「NのN」については、「5.名詞・名詞句」でもう一度述べます。

2.6.2 連体詞・形容詞・副詞+N

「この本」の「この」は「連体詞」です。初級の初めによく出される連体詞として は、ほかに「大きな・小さな」や「こんな」などがあります。連体詞については「10. 修飾」でもう一度触れます。 連体詞と「Nの」のほかに、初級の初めからよく使われるのは形容詞です。 大きい木 厚い辞書 おいしい料理 静かな町 親切な人 暇な日 上の列がイ形容詞で下の列がナ形容詞です。形容詞を名詞を修飾するこの形で最初に 出すか、それとも述語として「〜です」の形でまず出すかは教科書によって違います。 イ形容詞とナ形容詞の違いをはっきり印象づけるためには、名詞修飾のほうが効果的で す。形容詞は次の「3.形容詞文」でくわしく扱い ます。また、次のような文の特徴に ついても、形容詞文で扱います。     この辞書はとてもいい辞書です。 (この文は、述語の名詞「辞書」がなくても同じ意味になります!)  副詞によって修飾される名詞が少しあります。上下左右・東西南北などの位置・方向 を表す名詞と、時間関係の名詞、そのほかのいくつかの名詞です。     もっと右/東   少し後   ずっと昔     かなり美人です   これらの副詞は「程度副詞」と呼ばれるものです。(→「11.副詞・副詞句」)  この種の名詞は、数量を表す表現によっても修飾されます。      1m下    1時間前 

2.7 名詞文の補語

 名詞文では、動詞文のようないろいろな補語はありません。形容詞文に比べても、種 類が限られています。

[Nと]

 次の「Nと」は必須補語です。これは形容詞文や動詞文にも共通するものです。 1 私は彼と友だちです。 ×私は友だちです。  2 あの人は田中社長と知り合いですか。  例1の「友だちです」は、述語が二つの名詞を必要としているのです。「友だちだ」 ということを言うためには、二人の人が必要で、そのことを「私」を中心にして述べた のが上の例1です。このような「と」を「相互関係のト」と呼ぶことにします。 さて、1と2はそれぞれ次のように言うこともできます。 3 私と彼は友だちです。 4 あの人と田中社長は知り合いですか。 名詞文に現れる「Nと」にはもう一つ別の用法のものがあります。 5 私と彼は中国人です。 6 この本とあの辞書は田中さんのです。 のようなものです。この「と」を「並列のト」と呼びます。5は1のように  ×私は彼と中国人です とは言えません。5は、「私は中国人です」と「彼は中国人です」の二つを一緒にした ものと考えられます。  3と5は形だけを見れば同じようですが、意味は違います。「並列のト」はどんな名 詞述語でも使えますが、「相互関係のト」は名詞が二つ必要な名詞述語に限られます。  「相互関係のト」をとる名詞述語は数が少ないです。     オーストラリアの季節は日本と反対です。     私は彼と犬猿の仲です。 「同郷・同期・同額・同僚・同類・いとこ同士」など、単語の中に「同じ」という形 容詞の意味を含んだ名詞もこの「Nと」をとります。
「相互関係」の例は、ほぼ同じ内容を「と」を使わずに言うこともできます。 私は彼の友だちです。 あの人は田中社長の知り合いですか。
[Nで]
 次の「Nで」は「基準」を表します。     これは三つで百円です。     今1ドルは日本円でいくらですか。  なくても文が成立するので、必須補語とはいえません。
 次の例では範囲の「Nで」が使われています。 今ロンドンでは1ドルは120円です。 (範囲)  彼はクラスの中で人気者です。 

[Nに]

 これはかなり特別な例で、ほとんどありません。     このことはお父さんに(は)内緒だよ。  この「に」は「Nには」の形になることが多いようです。名詞を修飾する形にしても 残ります。     お父さんには内緒の話  なお、 次の新製品開発はこれに決定です。     事故の件は部長に報告済みだ。     弟は母に頼りきりだ。 のような場合の「決定だ」「報告済みだ」「頼り切りだ」は、それぞれ「決定する」 「報告が済んでいる」「頼り切っている」という動詞(句)の省略と考えます。 

[時・範囲]

 副次補語として、時と範囲を表す「NからNまで」が名詞文で使われます。     私は去年浪人でした。 (時) きのう、東京から名古屋まで一日中雨でした。(時・空間の範囲)     この子は来年から小学生です。 (時間の範囲) 「Nには」や「Nでは」のように、一つの文の中で「Nは」以外に「は」が使われる 場合のことは「5.ハについて」で述べます。  

2.8 「ウナギ文」

 「ウナギ文」とは変な名前ですが、次のような文に関してよく使われる名称です。     ぼくはうなぎだ。(店での注文)     私はバッハです。(好きな作曲家を聞かれて)     姉は女の子で、妹は男の子だ。(それぞれが産んだ子供)  名詞文が表せる事柄は、いろいろあるのですが、上の例のようなものはちょっと特別 です。よく言われるのは、そのまま外国語に直訳すると変な文になる、ということで す。「I am an eel.」などというのは変で、だから日本語は非論理的な言語だ、とさえ 言う人もあります。もちろん、そんなことはありません。  ただ、学習者は日本語の文を反射的に自分のことばに翻訳して解釈することが多く、 これらの文は理解しにくいことが多いので注意が必要です。  これらの文は、例えばかっこの中のような状況を考えると、十分意味が通じますし、 よく使われる言い方です。その文法理論上の位置づけはともかくとして、教育上は、そ の意味内容に相当する他の表現を省略して言う形、と考えておくのがいいでしょう。     ぼくはうなぎ にする/を食べる/が欲しい/が食べたい     私はバッハ が好きです     妹は男の子 を産みました

2.9 その他の問題

[N+助詞 です]

名詞文の述語の「Nです」のNのところに「N+助詞」が入る場合があります。 会議は3時からです/4時までです。 このような「Nからです/までです」の形はよく使われます。他の助詞で、 この問題をです/先生にです/学校へです などとすると、動詞の省略とする分析が妥当ですが、「Nから/まで」の場合はごく自 然に使われるところが違います。     この駅伝のコースは、東京から箱根までです。

[主題を補えない文]

次の文は初級の初めの方に出てくるものです。 「今、何時ですか。」「(今)3時です。」  日本語では「Nは」はよく省略される、と学習者に説明しますが、ではこの文ではど んな「Nは」が省略されているのか、と質問されると答えるのが難しい文です。  しいて言えば、「時間は」とか「時刻は」となるでしょうが、ふつうはそう言いませ ん。「今は」と言うこともあるかもしれませんが、それが基本の形だとも言えません。  ある教科書では、国際線の飛行機内の会話として、    「東京はいま何時ですか」「8時です」 という例をのせていますが、これが基本の形だとも言えません。  事態の発生を告げる名詞文、というものがあります。次の例は、形容詞文の「3.4.2 現象文のガ」で説明する「現象文」の名詞文の例と言えます。    あ、停電だ! 雨だ!  これらも「何が?」と聞かれても困る文です。「で/てんきが」でしょうか。    火事だ! なら、「隣の家が」とか「向こうのビルが」ということばを考えることができます。  「いま何時ですか」のほうは、主題を表現しにくい主題文と考えられますが、この 「現象文」の例は、名詞文としては例外的な無題文です。

[動詞から派生した名詞]

 名詞文の基本的構造は、二つの名詞を「〜は〜です」が結びつけるものですが、述語 のほうには純粋な名詞とは言いにくいものが入ることがあります。  すでに出てきた例では、補語の「Nに」のところに、     次の新製品開発はこれに決定です。     弟は母に頼りきりだ。 という例がありました。これらの述語の名詞は、動詞から派生した名詞、あるいは「ス ル動詞」(→ 4.4.6)の名詞部分です。その動詞の補語として「Nに」が使われています。  「決定」は「(Nに)決定する」という「スル動詞」です。  「頼り切り」は「複合動詞」の「頼り切る」の名詞形です。(→「26.6 その他」)  次の例では「原因のデ」が使われています。     試合は雨で延期/取りやめ です。     中央線は事故で2時間遅れです。  動詞あるいは「スル動詞」に接辞が付いて、それに「だ/です」が付いた形でも、本 来の動詞としての補語をとることができます。         パソコンに新しいソフトをインストール中です。     机の上にかばんを置きっぱなしだ。  これらも、文全体の形ということでは名詞文です。

[自同表現]

次のような表現を自同表現と呼びます。     やはり子どもは子どもですね。考えることが幼いです。     小さくても辞書は辞書です。役に立ちます。     不満はあるかもしれませんが、決定は決定です。守ってください。  前の名詞は、その名詞が指すもの・ことがらそのもの(「外延」)を指し、後の名詞 は、その名詞が持つ性質・特徴の面を表します。  「辞書は辞書です」の場合、前の「辞書」は、「辞書というもの」手に取れるような 形を持ったもの、であり、後の「辞書」は、それが持つ性質、つまり、「言葉がたくさ ん並べられていて、説明があって、、、」ということを示しています。 補説§2へ 参考文献 三上章 1953『現代語法序説』刀江書院(復刊 1972 くろしお出版) 三上章 1955『現代語法新説』刀江書院(復刊 1972 くろしお出版) 野田尚史 1996『「は」と「が」』くろしお出版  寺村秀夫編 1987『ケーススタディ 日本文法』桜楓社   西山佑司 2003『日本語名詞句の意味論と語用論』ひつじ書房 かねこ・ひさかず1984「ト格の名詞と用言的な名詞とのくみあわせの問題から」 『教育国語』79むぎ書房 佐藤里美1997「名詞述語文の意味的なタイプ−主語が人名詞の場合−」 『ことばの科学8』むぎ書房 高橋太郎1984「名詞述語文における主語と述語の意味的な関係」『日本語学』 12月号明治書院 丹羽哲也2004「コピュラ文の分類と名詞句の性格」『日本語文法』4巻2号 野田時寛1985「名詞文の意味と構造」『日本語学校論集』12東京外国語大学附属日本語学校 マーチン・ホウダ1987「名詞述語・形式と用法−ポーランド語の例から−」 『国文学』1987.2至文堂 森山卓郎1989「自同表現をめぐって」『待兼山論叢』23大阪大学文学部
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