補説§15
§15.1 現場指示:『日本語文法ハンドブック(初級)』 §15.2 文脈指示:『セルフマスターシリーズ4 指示詞』 指示語は、私の苦手とするものの一つです。(他にもたくさんありますが) 特に、「文脈指示」はどうもわかりません。『文法概説』の本文は、多少勉強した後、 なんだかわからないまま、無理にまとめてしまったものです。書き直したいと思いますが、 いまだにはっきりしたことはわかりません。「現場指示」を少し見た後で、『セルフマス ターシリーズ 指示詞』の文脈指示の解説を詳しく引用して、検討したいと思います。§15.1 現場指示:『日本語文法ハンドブック(初級)』
この本はなぜか最初に「§1.指示詞・疑問詞」をおいています。 (§2は「格助詞」です。「名詞文」は? §37です!)§1.指示詞・疑問詞
指示詞には二つの使い方があります。一つは指すものが話の現場にある場合(現場指示)で、 今一つは指すものが話の中に出てくる場合(文脈指示)です。ここでは現場指示だけを扱い、 文脈指示は中上級編で扱います。<対立型>
現場で話し手と聞き手が離れた位置にあるときには対立型と呼ばれる原理によって指示詞が 使い分けられます。対立型における原理は次の通りです。 話し手の近くはコ、聞き手の近くはソ、それ以外はアで指す。 これを図示すると次のようになります。(図は省略)<融合型>
現場で話し手と聞き手が同じ位置にいる場合や聞き手がいない場合は、融合型と呼ばれる原 理で指示詞が使い分けられます。その原理は次の通りです。 近くのものはコ、遠くのものはア、どちらでもないものはソで指す。 これを図示すると次のようになります。(図は省略) (p.2-3) ▽この「近い/遠い」は、物理的なものではなく心理的なものです。また、二人 の距離と指されるものとの関係にもよります。 たとえば、1mほど離れた二人が、お互いの近くにあるものを「これ/それ」 で指し示したあと、二人から5mほど離れたものを「それ/そのN」などで指し 示すこともあります。 A:えーと、これは私のだな。それはだれの? B:これは田中さんのじゃないかな。 A:ああ、そうか。それから、、、[その/あの]大きな荷物は だれのかなあ。 B:さあ、だれのだろう。 初めは「対立型」で話していた後、今度は(「大きな荷物」と自分たちとの距離 を考えて)「融合型」で少し離れたものを指すとすれば「その」が使われ、もと の「対立型」の感覚を保っていれば「あの」が使われるわけです。 「融合型」「対立型」と言っても、「あ」に関しては結局同じことですし、話 し手と聞き手が近づいた場合に、近くのものに「こ」が使えるというのも特にわ かりにくいことではありません。つまり、「融合型」の特別なところは、二人か らある程度離れたものを「そ」で指す場合だけです。 言い換えると、二人から遠いものは「あ」、聞き手に近いものと、二人からあ る程度遠いものは「そ」、そして話し手に近いものは「こ」を使う、ということ です。 次に「文脈指示」の用法ですが、『日本語文法ハンドブック(中上級)』で 扱っています。少しだけ引用します。『日本語文法ハンドブック(中上級)』
§1.指示詞 1.対話における文脈指示 聞き手が存在する対話における文脈指示ではアとソの使い分けが主に問題となります。 両者の使い分けの原理は次のようにまとめられます。 [話し手と聞き手が共に直接知っているものはアで指し、そうでないものはソで指す] 「昨日田中に会ったんだけど、あいつ相変わらず元気だったよ」「あいつは本当に 元気だね」 「友人に田中という男がいるんですが、そいつはおもしろい男なんですよ」「その人 はどんな仕事をしているんですか」 (p.3) ▽『文法ハンドブック』は中上級のほうも、なぜか指示詞から始めます。ただし、 疑問詞は初級で解説を終わっているので、こちらは指示詞の文脈用法の解説だけ です。 まず、対話の場合と、文章の場合を分けて解説しようとします。これについて 考えたいのですが、その前に、文章の場合の解説を見ておきましょう。 2.文章における文脈指示 ここからは文章における文脈指示を考えます。文章における文脈指示はいくつか の場合に分けられますが、それらに共通して次のことが言えます。 [文章における文脈指示ではアは使われない] 従って、文章における文脈指示ではコとソの使い分けが問題となるわけですが、 基本的にはソが使われます。 (p.5) (続く)§15.2 文脈指示:『セルフマスターシリーズ4 指示詞』
『セルフマスターシリーズ4 指示詞』(金水・木村・田窪)くろしお出版 1989 を見ていきます。(p.49の「まとめ3」を、本文で補いながら検討します) コ・ソ・アの文脈指示 まとめ3 機(弧指示のアで指し示せるのは、自分と相手とが、共通の過去の体験の中で出会って 知っている物事である。<共通体験のア> (p.49) 11-1 コ・ソ・アによって眼前にない対象を指し示すことがある。これを、コ・ソ・アの 文脈指示と呼ぶ。 (p.34) ▽「眼前にない」ものをすべてまとめ「文脈指示」と呼んでいるが、対象が文脈にはっきり 示された場合と、(共通の)記憶を取り出すだけの場合を分けたほうがいいのではないか。 昨日、私を訪ねて大学生が来ました。その学生は、・・・ ほら、昨日僕を訪ねて来た、あの子の名前はなんて言ったっけ。 「あの」は文脈の中を指していない。直接に記憶の中を指している。そのため、文脈に はっきり名詞が出されていなくても、上例のように使える。 文脈に名詞を出した場合も、 昨日、僕を訪ねてきた子がいたよね。あの子の名前は何だっけ。 この「あの子」は、すぐ前の文脈の「子」を指しているというより、やはり記憶の中の 「子」を指しているように感じる。 逆に、「その」は前に名詞がないと使えない。 ?昨日僕を訪ねて来た、その大学生の名前は・・・ 11-2 話し手と聞き手の共通の体験に関する事柄を・・・ あの時、あなたに助けていただいて、ほんとうにうれしかったです。 (p.34) ▽これが「あの」に関してよく言われること。両者から共通の距離にあるようなものか。 12-1 文脈指示のアで指し示せるのは、自分と相手とが、共通の過去の体験の中で出会って 知っている物事(人・もの・事柄・場所・時間・・・)である。2,3の場合を除けば、相手 がよく知らない物事をアで指してはいけない。 (p.38) ▽「共通の体験」とはどこまでを言うか。 「私は漱石の「こころ」が大好きなんですが。」 「ああ、あれもいい小説ですね。」 同じ小説を読んだ、のは「共通の体験」と言えるか。 「共通に知っている」だけでは広すぎる、ということか。 11-3 独り言の場合や、話し手の特定の体験について尋ねられている時は、聞き手が知らな い出来事であっても、話し手が体験した出来事でありさえすれば、「あの時」が用いられる。 あの時はほんとうに悲しかったなあ。 (p.34) ▽なぜこれをこんな初めに持ってくるのか。これは基本ではなく例外的な用法ではないのか。 文脈指示は一般的にはソなのだから、それを言ってから「あ」に触れるのがふつうだろう。 また、文脈指示の解説を、「〜時」から始めるのはどういう意図か。これが何らかの意味 で特殊、あるいは典型的なのか。 12-2の例 「山田先生に教えを受けられたそうですが、どんな方でしたか」 「あの先生は、とても厳しい方でした」 (p.39) ▽「山田先生は・・・」と比べて、「あの先生は・・・」にはどんな意味合いがあるか。 自分が直接知っており、振り返って思い起こしているような。 12-3 会話の流れや状況から、指し示される物事が聞き手にもすぐにわかる場合は、前もっ て会話に持ち出されていない物事でも、アで指し示すことができる。 (電話での会話) 「ところで、あの本、もう読みましたか」 「ああ、1週間前にお借りした本ですね。半分くらい読んだところですが、なかなか おもしろいですね」 (p.39) 供_駭辰任蓮∧垢手の知らない物事を持ち出して再び指し示すには、ソやコを用いる。 <体験提示のソ> (p.49) 11-4 「文章の中では、会話や独り言や個人的な回想をのぞけば、「あの時」はほとんど用 いられない。ある一時点を指し示すのには、「その時」または「この時」を用いる。 迷子になった私は、・・・ その時/この時 一人の若い女性が・・・ (p.34-5) ▽ここのソとコの違いは? 後で説明される? 「その時」のほうが今から振り返っている感じで、「この時」のほうが臨場感がある。 11-5 話し手が、聞き手と共通に体験していない出来事について述べる場合は、主に「その時」 を用いる。「あの時」を用いることはできない。 (p.35) ▽この「主に」が気になる。「この時」が使えるということか。 13-2 文章の中では、すでに現れた物事を再び指し示すのに、ソまたはコの指示詞を用いる。 特に、会話や独り言や個人的な回想を除いた部分では、アの指示詞はほとんど用いない。 きのう渡辺という人と会った。その人は、父の古い友人と言っていた。 名詞や動詞はそれだけで文の成分になれる。 13-3 会話では、聞き手の知らない物事を持ち出して再び指し示すには、ソやコを用いる。 普通、アは使えない。 私の遠い親戚で中村という人がいますが、こんどその人が本を出したんです。 (p.41) ▽この「文章の中」と「会話」の違いは重要か? 13-2には「聞き手の知らない」という限定がないが、「名詞や動詞」はその例か? 「会話」で「名詞や動詞」の話もするのでは? 掘_渉蠅諒弧や一般的な事態を表す文脈の中で持ち出された物事は、普通ソ(場合によっ てはコ)で指し示す。 (p.49) 11-6 実際の出来事でなく仮定された出来事を指し示す場合、予想される未来の出来事 を指 し示す場合、また一般的な事柄について述べる場合は、「その時」を用いる。「あの時」 は用いられない。 もし熱が1時間たっても下がらなかったら、その時また電話してください。 (p.35) ▽要するに「その時」が基本で、「あの時」は特別な場合、ということだ。 13-4 仮定の文脈や一般的な事態を表す文脈の中で持ち出された物事は、普通ソ(場合 によ ってはコ)で指し示す。 もし10年前に私にプロポーズしてくれる人がいたら、私はその人と結婚していた だろう。(×この人/あの人) <注1>上のような文脈ではコは使いにくいが、仮定の場合つねにコが用いられないとい う訳ではない。 ラッコは海底から手ごろな石を拾ってきて腹の上にのせ、それに貝をたたきつけて 割って食べます。(○これ ×あれ) 酒、醤油、砂糖、ごま油、化学調味料を混ぜ合わせて漬け汁を作り、そこに下ごし らえした肉を漬け込みます。(×ここ) <注2>一般に、文脈指示では「ここ」は用いにくい。 (p.42) ▽ここで「〜時」(11-6)と他の名詞(13-4)の違いがある、ということか。 ラッコの例の「これ」はまったく自然か? そもそもこの例は「仮定」? 次の「漬け汁」の例も。 次は架空の鳥の話。(「ここ」の文脈指示のつもり) オセビは、このようにして深い藪の奥に、何年も使えるがっちりした 巣を作ります。彼ら夫婦はここで卵を産み、雛を育て、死ぬのです。 検〜蠎蠅持ち出した物事を「相手側のもの」として扱う場合は、ソで指し示す。 <相手領域のソ> (p.49) 11-7 相手の発言の中で、自分が共通に体験していない出来事について指し示す時は、 「その時」を用いる。「あの時」も「この時」も用いることはできない。 「昨日、夜道で転んでしまいました」 「頭のけがはその時のものですね」(×あの時/この時) (p.35) 13-5 相手が持ち出した物事を、自分がよく知らない場合は、ソで指し示す。 コやアは用いられない。 「『三四郎』は読みましたか」「え、何ですか、それは」 相手が持ち出した物事で、自分が知っている対象でも、自分と相手の発言を 対比的に扱うなどの理由がある時は、ソを用いて「相手側の物事」として扱う。 「『日本語のすべて』を買おうと思うのですが」「その本はやめた方 がいい。『一週間日本語完全マスター』にしなさい」(○あの本) 后(絃呂涼罎如∩阿發辰銅┐靴進事のうち、書き手(話し手)が特に取り挙げたい もの、読み手(聞き手)の注意を引きたいものをコで指し示す。 <文脈焦点のコ> (p.49) 11-8 話の流れの中で特に相手の注意をひきたい部分では、「この時」が用いられる。 清水さんのおかげで、ようやく家に帰り着くことができました。私は この時初めて、人の親切のありがたさをしみじみと感じたのです。 (○その時 ×あの時) <注>「この時」が用いられる場合は、「その時」を代わりに用いてよいことが多 い。「その時」を用いると、より客観的で冷静な文章であるような印象を与 える。 (p.36) ▽「相手の注意をひきたい」のかどうか。上の例では、「他の時でなくまさにこの時」 のような意味合いを感じるが。 14-1 文脈指示のコは、主に、文章の中で用いる。会話の中で用いる場合でも、一人が 特定の主題について話を進めるときに多く用いられる。 14-2 文章の中で、前もって示した物事のうち、書き手(話し手)が特に取り挙げたい もの、読み手(聞き手)の注意を惹きたいものをコで指し示す。コを用いると、目 の前に生き生きと提示するような効果が出る。 私には、酒好という変わった名前の友人がいる。この人は、名前とは逆 に、一滴も酒が飲めない。 ラッコは海底から手ごろな石を拾ってきて腹の上にのせ、それ/これに 貝をたたきつけて割って食べます。 立体交差というものは、建設には費用がかかるかもしれないが、きわめ て有効である。これによって交通量が倍(以上)もこなせるようになるこ とを考えれば、もう一本同じような道路を建設するのと効果が同じで、 それと比べれば決して高価とは言えない。 「これ」は「立体交差」を指し、「それ」は「もう一本同じような道路を建設す ること」を指している。「これ」と「それ」を使い分けることによって文章の主 題である「立体交差」に注意を引きつけている。 (p.44) ▽次の文ではどうか。 立体交差というものは、建設には費用がかかるかもしれないが、きわめ て有効である。それによって交通量が倍(以上)もこなせるようになるこ とを考えれば、もう一本同じような道路を建設するのと効果が同じで、 そのことを考えれば決して高価とは言えない。 14-3 会話の中で、特に命令、依頼、勧誘などの文の中では、文脈指示のコは使いにく い。 駅前のパン屋でくるみパンというのを売っているから、それを買ってき なさい。(×これ) (p.45) ▽ちょっと変えてみる。 駅前のパン屋でくるみパンというのを売っている。他のはダメ。必ずこ れを買ってきなさい。 同じ文か、前の文かということは関係しないか? 此(絃呂涼罎念用として提示した文や語句、文章に添えられた図などを直接指し示す 場合は、コを用いる。ソやアは用いられない。 (p.49) 14-4 (説明は上と同じ) 閑かさや岩にしみ入る蝉の声 これは、芭蕉が山形県の立石寺で詠んだ発句である。 この図の線分abはcdより長いように見えるが、実は両者は同じ長さである。 (図は省略) (p.45) 察…樵阿諒弧の中に現れた{人/もの/事柄}(=X)と関係のある{人/もの/事柄} (=Y)を指し示すとき、Xを繰り返して「XのY」などと言うかわりに「そのY] という形を用いることがある。 (p.49) 15-1 直前の文脈の中に現れた{人/もの/事柄}(=X)と関係のある{人/もの/事 柄}(=Y)を指し示すとき、Xを繰り返して「XのY」などと言うかわりに「そ のY]という形を用いることがある。この形では、普通「その」が用いられ、 「この」「あの」が用いられることはまれである。(15-2は例外)。XとYの関 係にはいくつかの種類がある。 15-2 Yが、Xに対する相対的な位置・順序関係を表す場合。 その上、下、前、後ろ、向こう、そば、中、外側、近く など 部屋に入ると右の方に机がありますから、その上に(=その机の上)に この手紙を置いておいてください。 <注>このグループでは、「この〜」「あの〜」の形も用いられる。 (p.47) ▽この<注>が当てはまる例がほしいが、なぜかない。 15-3 Yが、Xの親族・仲間・所有者・支配者・隷属者を表す場合。 犬はその飼い主に似る。 15-4 Yが、Xの{所有/帰属/部分}関係にある{人/もの/属性}などを表す場合。 私は彼の絵を見てその才能に感嘆した。 (p.48) ▽以上で文脈指示のコソアの解説は終わり。 「15.指示語」へ
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