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補説§36

 §36.1 「〜なければならない・なくてはいけない」 §36.2 V−ざるをえない

§36.1 「〜なければならない・なくてはいけない」

この二つの違いについては、いろいろ議論があります。 『日本語文法ハンドブック』p.156   〜なければいけない、〜なければならない   〜なくてはいけない/ならない   〜ないといけない  これらの形式間に意味の違いはありませんが、「いけない」より「ならない」の方が 文体的にやや硬くなります。さらに書きことば的な形式に「〜ねばならぬ」もあります。 ▽これが一般的な記述ではないかと思います。 『現代日本語文法4 モダリティ』(2003)   p.108「なくてはいけない」  「なくてはいけない」のほか「なければいけない」「ないといけない」「なくてはならない」 「なければならない」といった形があるが、意味・用法の違いはそれほどはっきりして いない。ただし、文体的には「〜いけない」より「〜ならない」の方があらたまった形 である。   ▽この本の特徴は、「なくてはいけない」を代表形としていることです。  次の本は、「なければ〜」を代表形とし、「〜ならない」と「〜いけない」の違いを 詳しく述べています。 阪田雪子・倉持保男『教師用日本語教育ハンドブック4 文法供(1980)   国際交流基金・凡人社  p.62−66   1 日本国憲法を改正するためには、国民投票による承認を得なければな    らない。   2 日本では、自動車は道路の左側を走らなければならない。   3 申告所得税は3月15日までに納めなければならない。   4 約束をした以上は、何としてでも今日中に仕上げなければならない。   5 来客があるから、急いで帰らなければならない。   6 彼の説が正しいとすれば、従来の定説を改めなければならない。 1〜6の「なければならない」は、そうすることが義務だとされる事柄や、そうなるこ とが必然的な帰結としてとらえられる事柄を表すのに用いられる表現形式である。特に、 1〜3のように、法律によって定められていて、自分の意志でそれを変更したり無視し たりすることができない事柄を表すには、一般に「なければならない」が用いられる。 また、4〜6のように、個人的な問題であっても自分の意志で勝手に変えることが許さ れない事柄には、やはり「なければならない」が用いられる。  この「なければならない」によく似た表現形式に「なければいけない」がある。上の 1〜6の例も、多少ニュアンスのちがいが感じられるが、「なければいけない」に置き かえることができる。   7 寝る前には歯をみがかなければいけない。   8 暑い時には、なるべく火を通して食べなければいけない。   9 学校に遅れるから、もう起こさなければいけない。   10 君は太りすぎだから、少しやせるように心がけなければいけないね。   11 借りたものは、できるだけ早く返すようにしなければいけませんよ。 1〜11の「なければいけない」は、そうすることが必要だととらえられる事柄を表すの に用いられる表現形式である。必要といっても、7・8のように、こうすることが最も 望ましいことだととらえられる程度の事柄から、9のように、どう考えてもそうするこ とが必要だととらえられる事柄まで含む。また、10・11のように、聞き手自身に関する ことに「なければいけない」を用いる場合は、相手にそうすることが必要だと勧告して いるのである。この種の相手に向けられる表現には、実質的には命令と変わりないもの がある。たとえば、「当番は8時までに登校しなければいけません。」と、生徒に直接 指示を下す場合などである。  「なければならない」は義務を表し、「なければいけない」は必要を表す表現形式だ と言ったが、実質的なちがいはどんな点にあるのだろうか。端的に言えば、「なければ ならない」は行為者の意志にかかわりなくそうすることが要求される事柄を表すのに対 し、「なければいけない」は行為者自身の主体的な判断に依存する余地を残している事 柄を表している。その場合、後者にはもしそうしないならそれは好ましくない、あるい は、まちがっているなどといった気持を言外に含むこともある。このことは、「動物は すべて死ぬ。したがって、我々は必ず死ななければならない。」のように、一般的な真 実を述べる場合には、必ず「なければならない」の形が用いられ、もし、「君たちは死 ななければいけない。」といえば、「生きていてはいけない」という意味になってしま う点によく現れている。  したがって、法律・規則やその社会一般の道徳・慣習などのように、個々人の意志に よる選択を認めず、それに従うことを義務づける事柄を表す場合や、個人に関すること であっても、自分の信念を表したり、ことの成り行きやその場の状況から必然的だとと らえられる事柄を表したりする場合などには、「なければならない」が用いられること になる。一方、その場その場の状況や置かれた立場などに照らして、どうすることが必 要か、また、最も望ましいことかと判断される事柄を表す場合には、「なければいけな い」が用いられることになる。  (p.62-64) ▽次は同じ本の改訂版です。 阪田雪子・倉持保男『教師用日本語教育ハンドブック4 文法供_訂版』(1993)   国際交流基金・凡人社  p.97−103  「なければならない・なければいけない」は「当為」の表現などと称されることがあ るように、ある事態に直面して、いかなる行動をみずからに課すかという時、そうする ことが義務だ、あるいはそれ以外の選択はないという判断をくだす意を表す。この両形 は、文体的な面で前者が文章語的、後者が口頭語的であるという面が観察できるが、素 材のあり方や判断の内容においてはかなり近似しており、その意味の差異を明確にとら えることは困難である。強いて差異を求めれば、前者は意志による選択の可能性を残さ ないものとして、後者は選択の余地があるにせよそうするしかないものとしてとらえて いるという傾向が認められる。  この両形の異形態として、「ねばならない」「なくてはならない/なくちゃならな い」「なくてはいけない/なくちゃいけない」などがあるが、文体面の差異を除いては 上の両形と同様に考えられる。  (p.97-98)          (このあと、かなり長く議論があるが省略。)

§36.2 V−ざるをえない

「V−ざるをえない」は動詞に接続して、「したくないこと・望まないことだが、この立場・状況 では、それをしない・そうならないということはない」というような意味を表します。 いちばん一般的な例は、次のような例でしょう。   私は行かざるを得ない。     (したくはないが、この状況では) もちろん、「私」でなくとも言えます。   彼は行かざるを得ないだろう。   (彼は望んでいなくても) 人の行動だけでなく、社会的なことにも使えます。   イスラーム文明は西欧文明と衝突せざるをえないのでしょうか。   熱帯雨林はなくなっていかざるをえないだろう。       (好ましくないことだが) もう一つ、「したくない・好ましくない」という意味とは少し違う使い方があります。   政府のやり方は間違っていると言わざるを得ない。  (政府がどう言おうとも) この例の場合、「言いたくない」という意味はありませんし、そう「言う」ことが好ましくない ことだ、という意味もありません。 この「〜ざるをえない」が意味するのは、カッコの中にも書いたように、「政府がどんなにその 政策の正しさを主張していても」真実はそうではない、「政府は間違っている」と私は強く主張 する、というようなことでしょう。 誰かと、あるいは多くの人と違う意見でも、私は自分の意見を言わなければならない。 「言わざるを得ない」→「言わないということはできない」→「強くそう言う」という意味の流 れになっているのでしょう。 これは、「言わざるを得ない」「考えざるを得ない」「思わざるを得ない」などの言い方に限ら れるようです。 もちろん、「そう言いたくない」「そう考えたくない」という意味で使われる場合もあり、その 区別はわかりにくいかもしれません。 「そうしない/そうならない、ということは起こりえない」つまり、「必ずそうする(しなけ ればならない)/そうなる」ということが、まず「表」の意味で、その陰にある意味合いは、 「そうしたくはないのだけれど」「そうなるのはこのましくないことだが」あるいは「誰と意見 が対立することになろうとも、そう強く言う」などになります。
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