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補説§0

§0-1 言語・記号・意味  §0-2 文    南不二男の「独立語文」 §0-3「単語」について   [品詞分類表][名詞][助動詞][接辞]   (参考:『基礎日本語文法』の「助動詞」) §0-4 品詞分類の問題点  §0-5 助詞の分類   『基礎日本語文法』の助詞分類 §0-6 仁田義雄の単語論 §0-7 「形態素」について   『日本語百科大事典』『日本語文法大辞典』から §0-10 文の類型について   §0-10-1 佐久間鼎(1941)   §0-10-2 三尾砂(1948)   §0-10-3 三上章(1953)   §0-10-4 益岡隆志(2000)   §0-10-5 工藤真由美「述語の意味類型」  ここで、本文では省略してしまった基本的ないくつかの問題について述べる ことと、各項目の補足的な説明をします。

§0-1 言語・記号・意味

   日本語は世界に数千もあると言われる言語の中の一つです。  そして、その「言語」とは、難しく言えば、意味・情報伝達のために人間が 築き上げてきた「記号の体系」です。    記号とは、ある形式(感覚でとらえられる形)を持ち、それにある意味(頭 に思い浮かべる何か)がついているものを言います。かんたんな例としてよく あげられるのは交通信号です。道路にあって、三色が一つの組(体系)になっ て、赤は停止、青は進行可能、黄色は注意を表すという意味を持っています。  言語は、音声や文字、手話などの形式によって意味を表す記号体系です。  記号は実際に使用されることで、機能を果たします。記号の使用者が、その 記号を使うことによって、その記号の持つ意味を他の人(その記号の意味を理 解する人)に伝えます。  しかし、記号自体を発するだけでは、何らかの「情報」が伝わったことには なりません。ここで言う「情報」とは、それによって人が何かを判断したり、 行動したり、考えたりするために使われうるもの、とします。かんたんに言え ば、「何かの役に立つもの、それが情報である」ということです。  たとえば、ある人が「イヌ」とポツンと言っただけでは、それを聞いた人は その言葉をどう解釈していいかわかりません。「イヌ」という「単語の意味」 はわかっても、それを話し手が口にすることによって、何を伝えようとしたの かがわかりません。イヌがいたのか、イヌに気をつけろということなのか、そ れがわからないと、この「イヌ」という言葉は、「情報」としては「意味がな い(何も伝わらない)」と言わざるを得ません。  例えば、「イヌと猫とどっちが好きですか?」と聞かれて、「イヌ。」と言 ったのなら、これは「イヌが好きだ」ということを表しているのだと理解され ます。(ここで、「。」を付けてあることに注意してください。この句点は、 「イヌ」という言葉が、文として、ある情報として成り立っているということ を示すことにします。)  このように、言葉を使う際には、「何かが伝わる」こと、そのように言うこ とが求められます。そしてそのためには、ある場面、ある文脈(それまでの話 の流れ)があって、それにあった形で言葉を使わなければならない、というこ とです。  しかしまた一方で、場面・文脈を離れても成り立つ「意味」というものがあ ることも事実です。たとえば、道に落ちていた紙切れに、      向こうで和夫が待っている。3時までに行ってほしい。 健一 と書いてあったとします。これを拾ったあなたは、「向こう」とはどこなのか、 「和夫」「健一」とは誰なのか、「3時」とはいつの3時なのかわからなくて も、ある「意味」をこの文から読みとることができます。それは、「健一」と いう人が誰かに「和夫」に関するある情報を伝え、ある行動をとることを求め ている、ということです。  このメッセージの本来の受け手である誰かは、これを読んで何らかの行動を とるでしょうが、偶然拾って読んだだけのあなたは、何もしようがありません。 しかし、あなたがこの紙切れから読みとった「意味」は、本来の受け手が読み とる「情報」の中核的な部分であることは間違いありません。  これを場面から切り離された「文の意味」と考えます。ここで定義した「文 の意味」は、実際の言語使用の中から抽出される、多少とも抽象的なものです。  先ほどの「イヌ。」との違いは、素材となる形式が単語でなく、述語と補語 の完備した、「文」としての内部構造を持った形式だということです。単語は、 場面・文脈の支えがあれば、「文」としての機能を果たす(ある情報を伝える) ことはできますが、場面・文脈を離れると、あるまとまった情報を表せません。 道に落ちていた紙切れに、「いぬ」と書いてあっただけでは、何もわかりませ ん。そもそも、それが「犬」を表す単語を書いたものかどうかもあやしいわけ です。  「文の意味」とは、単語の寄せ集めではない、文脈を離れても何らかの、人 から人へ伝わるあるまとまった情報を持つような形式の意味、とします。

§0-2 文

 文法は、文を作るための法、つまり規則のことです。  そこで、文法を考えるためには、まず文の定義つまり「文とはどのようなも のか、どういう形式を持っているのか」ということから考えなくてはなりませ ん。  上に述べたような「情報」の一まとまり、単位が「文」です。言い換えると、 文とは、人が何らかの情報の伝達、あるいは(聞き手を必要としない)単なる 表出(心に思ったことを外に出す)の際に、一つのまとまった情報として区切 れるような、情報の単位です。  文には2種類あります。述語文と、未分化文です。  述語文は、述語のある文です。人間は、表したい事柄の内容・性質を考えて、 事柄をいくつかの種類に分け、それぞれに適当な述語を使って表現します。  「事柄の種類」というのは、ものとものとの関係か、ものの性質か、ものの 動きか、などです。  それを表す述語には、名詞述語、形容詞述語、動詞述語の3種があります。  述語文は、一つの事柄を全体的に未分化なままで表すのではなく、述語と補 語の組み立てによって分析的に表します。  未分化文とは述語のない文で、感動詞だけの文や、名詞およびそれを修飾す る語句がつけられた文などです。「あら!」「はい。」「きれいな花!」など が未分化文の例です。  述語文は、話し手が聞き手に伝えたい情報(あるいは、聞き手を意識せずに 自然に出てしまった言葉)を一つのまとまりとして表しています。  未分化文もある情報を持っているので、情報の一つの単位としてみとめるこ とができますが、前に述べたように、文脈を離れると、その意味内容がはっき りしなくなることがあります。  およそ術語の定義の方向には二つあります。一つは意味・内容からで、もう ひとつは形式からの定義です。 日本語の文とは、これこれの意味を持ったまとまりである、というようなの が前者の例で、聞いた時にはそれなりになるほどと思いますが、それだけでは、 文と文でないものを迷うことなく分けることはできません。「意味を持ったま とまり」あるいは「まとまった意味」というものをきちんと定めることができ ないからです。  「断片的な意味」と言えそうな例。      ほら、これ。      あ、飛行機雲!      え?ほんと?うっそー!  これらのどれを「文」とするか、すべてを文と見なすか、あるいはすべてを 「完全な文」とは言えないとするか、判断の分かれるところです。  また、次のような場合もあります。      私もそう思っていた。現場を見るまでは。    この例は、一つの文が「倒置」されたとも言えますが、言い方によっては二 つの文と考える必要もあります。  次は、文の終わりを示す句点「。」を使うべきか、文の途中の切れ目を示す 読点「、」を使うべきか迷う例。      ええ。そうですねえ。そうかもしれませんが…。でもねえ…。 (ええ、そうですねえ、そうかもしれませんが…、でもねえ…。) 以上のような例をどう考えるかは、「文」を、多少とも抽象的な理論の中の 単位と考えるか、実際の言語使用の中で決めることができなければならない単 位と考えるか、という理論的な考え方の問題に関係してきます。 文を、しっかりした内部構造を持つ、実際の言語使用から抽象された理論上 の単位と考えると、上の「あ、飛行機雲!」のような例を「不完全な文」とし て退けることがあります。文は述語を中心とし、補語(特に「主語」)をとも ない、テンスやムードなどを備えたもの、となります。  それに対して、実際の言語使用を重要視すると、「あ、飛行機雲!」のよう な例は「一語文」「未分化文」「未展開文」などと呼ばれ、立派に文の一員と して認められます。「補語−述語」の構造を持ったものは、「述語文」「分化 文」などと呼ばれて、その構造により詳しく分類されます。  文をその内部構造の面から考えると、述語や補語(特に「主語」)の存在が 重要になりますが、伝達という面から考えると、断片的であっても何らかの情 報が伝わりさえすれば「文」と言える、ということになって、その構造よりも 「伝達の単位」であることの重要性が強調されます。  文を、実際の発話の「後ろ」にある、静的な、個別の構造の壮大な体系の一 つの単位、と考えると、しっかりした内部構造を持つものとして考えたくなり ます。これは、どちらが正しいか、という問題ではなく、それぞれの立場の違 い、目標の違いと考えるべきでしょう。
南不二男の「独立語文」
南不二男の考え方を紹介します。意表を突くような提案ですが、考えてみる となるほどと思わされるものです。 南不二男『現代日本語文法の輪郭』大修館 1993 1.33 いま上にあげたもの[いわゆる「述語文」と「独立語文」]のほかに、 次のようなものも独立語文として扱う。   (18) 松野呉服店。   (19) スナックNOW。   (20) 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所。   (21) 税理士杉山泰治。   (22) ネオアスピリン。   (23) グレープフルーツ1個150円。   (24) 牛もも肉100グラム480円。 これらは、いわば表現材料としてのことばとしてイメージするのではなくて、 それぞれ表札、看板あるいは商品などの表示として出ているところを想像して いただきたい。こうしたものは、従来の文法研究では、おそらく文として扱わ れることがすくなかった。したがって文法研究の対象からはずされることが多 かったのではないかと思われる。これらのものは、その内部に述部と認められ る成分を見出すことが困難であるから、述語文とはいえない。かといって、独 立語文の性格を感情・感覚の直接的表現、呼びかけ、応答、かけ声などに限定 すると、そこに入れにくいことになる。ここで問題にしているような表現を文 とは見なさないという意見もあるであろう。文と呼ぶ、呼ばないは、文の定義 いかんによることであるが、とにかく、そのような言語事実があることは確か なのであって、それが何らかの観点からする文法的分析の対象となりうること も疑いのないところである。ここでは、この種のものを文と見なし、独立語文 の中に入れる。すなわち、独立語文の範囲を拡張することになる。                          (p.16-17) ▽看板・表札・名刺・商品表示なども、全部「文」であるという主張です。  言語表現が、人が人に対してことばである内容を伝えようという行為である なら、確かにこれらも立派な言語表現の一つであり、(ここが重要なところです が)これらは一つのまとまった情報を表しているわけですから、「文」でしかあ りえないわけです。  さて、そうなると、これらの「文」は、文法の中でどういう位置づけになるの か、を考えねばなりません。もちろん、南は一つの章をあてて、独立語文につい て考えています。

§0-3「単語」について

 単語の定義の問題は、文の定義とはまた少し違った面があります。文の定義 は人それぞれであっても、そのことが大きな議論の焦点になるということはあ まりないようですが、単語の定義は、はっきりと対立した立場があり、そのど ちらをとるかで単語というものに対する考え方が大きく違ってきます。 その大きな違いは、助詞や助動詞をどう考えるかという点です。  学校文法では、助詞と助動詞は「付属語」です。付属語というのは、単独で 発話できないものです。(ここで「文節」という独特の用語が使われるのです が、そのことは省略します。)「まで」とか「ようだ」とかはふつう言えませ ん。(ただし、「だろう?」とか「ね?」などと言うことは時々ありますが)
◇品詞分類表 
 この本の品詞分類は、基本的に学校文法のものです。その分類の基準を示し た表を国語辞典の付録から写しておきます。  この『学研新国語辞典』は、付録で学校文法をきちんとした形で述べている ので、便利なものです。 品詞分類(『学研新国語辞典』による) ┌─基本形がウ段 ・・・・ 動詞 ┌─活用が…単独で述語│    │ ある になる ├─基本形が「い」・・・・ 形容詞 │ (用言) │ │ └─基本形が「だ」・・・・ 形容動詞 ┌─自立語│    │ │ ┌─主語になり ・・・・・・・・・・・ 名詞 │ │ │ うる(体言)            │ └─活用が│ │ ない │ ┌─主として ・・ 副詞 │ │ ┌─修飾語│ 用言修飾     │ │     │ になる│ │ │     │    └─体言だけ ・・ 連体詞 単語│ └─主語にな│ を修飾      │ れない │ │ │ ┌─接続語 ・・ 接続詞 │ └─修飾語に│ になる │ ならない│ │ └─独立語 ・・ 感動詞 │ になる │ │ ┌─活用がある ・・・・・・・・・・・・・・・ 助動詞 └─付属語│ └─活用がない ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 助詞   品詞分類の問題点については、§0-4で述べます。  まずは、単語の認定ということに関して、名詞と助動詞のもつ問題について 考えます。

[名詞]

 補語「名詞+助詞」を形作る助詞を「格助詞」といいます。格助詞は名詞に 付けて使われますが、ある立場の考え方では、それを名詞の一部と考えてしま います。動詞が活用するように、名詞も語尾が変化すると考えるわけです。 本が 本を 本に 本と 本から ・・・ これらすべて、一つの単語の変化形と考えるのです。そしてまた、これらは文 の構成要素となります。  学校文法(橋本文法)では、文の構成要素を単語とはせず、「文節」という 中間的な単位を考えます。その構成要素となるのが単語です。  それに対して、格助詞を名詞の一部と考える立場では、単語は文の直接の構 成要素になります。  これは、日本語の中で議論しても、どちらもそれぞれの根拠があるので、決 着が付きません。言語学の一般的な方法として、他のさまざまな言語も考慮す るとどちらが適切か、という話になります。ヨーロッパの言語、特にドイツ語、 ラテン語などを考えると、それらの名詞屈折語尾と同様に考えることの利点が でてきます。  ただし、格助詞を単語として認めず、単語の一部としてしまうと、副助詞も またそうなります。すると、次のような格助詞の重なりも、格助詞と副助詞の 重なった形も皆「一語」と認めることになります。      三日までが(忙しい)      彼だけからは(受け取った) 彼女にさえも(言わない)  結局、名詞の内部構造の議論が複雑になってしまいます。これまでの、複合 名詞、接頭辞・接尾辞などによる問題以外に、助辞(格助詞・副助詞などと呼 ばれてきたもの)の接合のしかた、その意味などを「語構成論」の中で取り扱 わなければなりません。  この「概説」では、妥協的ですが、名詞に関しては学校文法のように考えて おきます。つまり、格助詞や副助詞も一つの単語、とします。

[助動詞]

 次に、助動詞の問題です。いわゆる助動詞をほとんど認めず、単語以下の接 辞と見なす立場があり得ます。この本もそれに近く、いくつかは動詞の活用形 の一部(活用語尾)、いくつかは活用する接辞としています。(活用・活用形 については「21.活用・活用形」を見てください)  以下は学校文法で助動詞とされているものです。この本での扱いを右に付記 しました。    た・だ(過去・完了など) 活用語尾    う・よう(意志・推量)  〃    せる・させる(使役) 接辞    れる・られる(受身) 〃 れる・られる(可能・自発・尊敬) 〃 たい(希望)   〃    たがる(希望) 〃(たい+がる)    ます(丁寧) 〃    ない(打ち消し)  〃    ぬ(ん)(打ち消し) 〃 まい(打ち消しの意志・推量)   〃    そうだ(推量・様態)  〃    らしい(推量) 助動詞    ようだ(推量) 〃    そうだ(伝聞) 〃    だ(断定) 助動詞(後述) です(丁寧な断定) 助動詞(後述)  助動詞としたのは、その前の述語が独立できる形となるものです。例えば、      降るらしい は「降る」+「らしい」となり、「降る」はそれだけで独立できる形です。そ れに対して、      降りそうだ では、「降り」の形が独立できる形ではないと考えるのです。(ただし、「雨 が降り、風が吹く」のような場合もあるのですが、それはまた別の用法と考え ます。ちょっと苦しいところですが。)  一つの問題は「だ・です」の扱いです。これらは名詞につく助動詞としてお きますが、「コピュラ」(連結詞?)のような名前を付けて新たな一品詞を作 ってしまう、という選択肢も考えられます。上の表にはありませんが、「であ る」も同様に考えます。(学校文法では「である」は「で」(「だ」の活用し た形)+「ある」と分析します。)  最近の文法書では、形式名詞に「だ・です」のついた形を助動詞と見なすこ とがあります。      はずだ  わけだ  ものだ  ことだ  これらは「ムード」を表す形式として「第二部」で扱います。 なお、「助動詞」という名称は、「補助的な動詞」つまり動詞の一種だとい うことでしょう(英語では Auxilialy Verb です)が、日本語では、上の例を 見てもわかるように、「られる・させる」などの他はどう見ても動詞の仲間と は言えません。むしろ、「動詞(述語)を助ける要素」と解釈したほうがよさ そうです。 <参考>
益岡・田窪『基礎日本語文法』の助動詞
「第5章 助動詞」から例文などを省略して紹介します。  助動詞一覧   助動詞に属する語を次に掲げる。助動詞とは、大別すると、形式名詞を要素として  含むものと含まないものに別れる。  形式名詞を要素として含むもの(「形式名詞+「だ」(「である」、「です」)」)  ◆すべての述語に接続するもの:「のだ、わけだ、はずだ、ようだ」  ◆動詞にのみ接続するもの:「ことだ、つもりだ」  ◆動詞と形容詞に接続するもの:「ものだ」  形式名詞を含まないもの  ◆判定詞、ナ形容詞に接続する場合に、判定詞、ナ形容詞の'da'の形が現れないもの    「だろう(であろう、でしょう)、らしい、みたいだ(みたいである、みたいです)  ◆イ形容詞に接続するもの:「です」  ◆「〜ません」の形に接続するもの:「でした」  ◆その他:「そうだ(そうである、そうです)、べきだ(べきである、べきです)、まい」                                 (p.29-30) ▽なお、<注>として、次のように書いてあります。ごもっとも、です。   動詞、形容詞、判定詞、のいずれにも接続するという点で、「助動詞」という名  称は必ずしも適切であるとは言えないが、ここでは慣用に従うことにする。なお、  どの範囲の語を助動詞として扱うかに関しては、学校文法等での取り扱いとは異な  る。                                 (p.29)

[接辞]

 単語より小さい単位の一つについて。「接辞」と呼ばれるもので、例えば次のよう なものです。    不−/無−/非−  不自由な、無理解、非文法的     お−/ご−     お勉強、ご研究     超−/新−     超高速、新発明      −化/−的/−形/−中    自由化、絶対的、受身形、食事中     −ぶり/−おき   3日ぶり、3mおき、     −さ/−み     重さ、重み     −がる       うれしがる  それ自体では独立した単語となれず、他の単語について意味を加えたり、文法的性 質を変えたりする(重い→重さ、自由な→自由化する)ものです。  この本で述語の活用形としたものの一部には、「語幹」に接辞がついたものと考え た方がよいものがありますが、この本では便宜的に活用表の中に並べておきました。      食べ−ない   なぐr-areru   食べ−させる  (「なぐる」は「五段動詞」なので、「語幹」は「nagur」で、これはローマ字を   使わないと表せません。くわしくは第2部の「活用」を見てください。)  これらの接辞は、「学校文法」では助動詞とされているものです。

§0-4 品詞分類の問題点

 (§0-3の品詞分類表を参照しながら読んでください。)  学校文法の品詞分類は、橋本進吉のいわゆる「橋本文法」に基づいています。橋本 は、文部省が文法の教科書を決めるときに東大の教授だったので、その文法が日本の 学校の標準となったということでしょう。  いろいろと批判されてはいますが、いちおう、安定したわかりやすい分類と言えま す。「0.はじめに」の品詞分類は、大枠としてはこの分類に基づいています。  この中で批判があるのは、まず「形容動詞」です。  一つは、活用からいえば名詞とほとんど同じなので、名詞扱いするべきだという考 え方があります。時枝誠記が主張し、水谷静夫が詳しく論じています。(服部四郎他 編『日本の言語学 第四巻 文法供戮覇鷽佑亮臘イ鯑匹爐海箸できます。)  私は、活用(形態)よりも構文的性質が重要だと考えるので、この論はとりません。  もう一つの批判は、「形容[動詞]」というのは不適切で、意味から見ても、構文的 機能を考えても、これは形容詞と同じで、活用が違うだけだ、という論です。「第一 形容詞・第二形容詞」という呼び方もありますが、連体修飾の場合の形をとって、 「イ形容詞・ナ形容詞」と呼ぶのが一般的です。(なお、この呼び方は三尾砂による ものだそうです。寺村『機p.68)  名詞と助動詞については、すでにとりあげました。「名詞+助詞」を「名詞」とす る、という説と、助動詞のいくつかを活用形の一部、接辞とする考え方、また、「形 式名詞+だ」を助動詞に加える説などがありました。  また、名詞については、その中の一部を「第三形容詞」と考える村木新次郎の説を 「3.形容詞」の補説で紹介しました。  助動詞は、「活用がある付属語」なのですが、実際には、「(よ)う」「まい」「そ うだ(伝聞)」などには活用がなく、いつも同じ形です。この辺のことをどう考える のかは、私にはわかりません。『概説』では「だろう」も助動詞としましたが、これ も活用がありません。「助ける動詞」ではなく、「動詞(述語)を助けるもの」と考 えれば、気にしなくていいでしょうか。  副詞では、形容詞の「連用形」を副詞と見なすかどうかという問題があります。 『概説』では、その機能の違いを重視して、副詞としました。  副詞としない考え方は、例えば次のようなものです。    ...日本語の場合は「花美し」のように、形容詞が単独で述語になる。    また、「美しく咲く」の場合は、動詞を修飾するのであり、それだけ取    り出せば、むしろ副詞と呼ばれるべきものである。けれども、日本語に    おける形容詞とは、そのような文中の機能を基準として立てられた語類    でなく、そのような種々の機能を果たすいくつかの語形(「美しき・美    し・美しく」など)が、一つの語(美し)の形態変化(活用)としてと    らえられるという点から、考えられたものであるから、西洋語の形容詞    の概念によって、日本語の形容詞を律することのないよう、注意しなく    てはならない。       松村明編『日本文法大辞典』「形容詞」(項目執筆:山口佳紀)  副詞と接続詞の境界は、私にはよくわからないものです。  接続詞も、実際にどこまで認めるかは、はっきりしません。    と すると そうすると そうしますと だとすれば    それなら なら そうなら    助詞の分類の問題は、すぐ次に述べます。どこに分類するかということより、どう いう用法があるかをきちんと記述することが先決です。  副助詞・並列助詞・終助詞など、まだわからないことがいろいろありそうです。

§0-5 助詞の分類

 助詞の分類は、説によって違い、国語辞典でも分け方が違います。  まず、少なくとも次の4つに分けられます。    格助詞  副助詞  接続助詞  終助詞  そのほかに、一般に使われることのある分類としては、並列(並立)助詞、 間投助詞、係助詞、提題助詞などがあります。  学校文法の助詞の分類の一例を『例解新国語辞典』から写しておきます。この表は 語例が多くのせられていて、副助詞や終助詞など参考になります。 ◇助詞の分類(三省堂『例解新国語辞典』による)     ┌─格助詞・・・・が、を、に、へ、で、と、の、から、より、まで、をば ├─並立助詞・・・・か、と、や、やら、だの、たり、なり、とか   助詞─┼─準体言助詞・・・・の    ├─接続助詞・・・・が、し、て(で)、と、ば、から、つつ、ては(では)、    │  ても(でも)、なら、なり、ので、のに、ゆえ、くせに、      │   けれど・けれども・たって(だって)、ながら、ものの、ところが、ところで ├─副助詞・・・・は、も、か、こそ、さえ、しか、すら、でも、だけ、のみ、など、    │  まで、かも、きり、しも、ずつ、だの、とか、なら、ほか、 │ ほど、くらい(ぐらい)、ったら、ってば、なんて、なんか、ばかり、どころか └─終助詞・・・・か、かい、かな、かしら、と、さ、ぜ、ぞ、って、ったら、ってば、       とも、な、なあ、ね、ねえ、の、もの、ものか、や、よ、よう、わ  これらの語例を見れば、それぞれの助詞がどういう性質のものか、だいたい予想が できると思います。  「格助詞」の中では、「の」だけが特別だと感じます。他は、動詞と補語の名詞と の関係を示しますが、「の」だけが名詞と名詞の関係を示すものだからです。  『現代日本語文法概説』では、名詞を結びつける「の」以外の格助詞は「補語を 形作る助詞」としてあつかっています。「の」は「名詞の連体修飾に使う助詞」と いうことにしています。これらの助詞には特に名前は付けていません。  「並列助詞」は、「9.9 並列助詞」で扱いました。ただし、「たり」は、活用語 尾としました。  「準体言助詞」の「の」というのは、かなり特別なものです。助詞とはいいがたい ところがあります。『概説』では「形式名詞」に入れました。  「接続助詞」は、そういう名前で呼んではいませんが、「連用節を作る助詞」とい う取り扱いをしています。「て」は活用形の一部です。  「18.副助詞」「19.終助詞」は学校文法での名称をそのまま使っています。  「は」は副助詞とされることが多いのですが、「18.副助詞」ではその用法の一 部しか扱っていません。「主題」の「は」と「も」などは、そういう名前で呼んで はいませんが、「主題を示す助詞」すなわち「主題助詞」と考えています。  なお、副助詞は「取り立て助詞」という名前で呼ばれることが多くなっています。 (その具体的な範囲は、説によっていろいろです。)    あと一つ、「19.2 間投助詞」というものを立てています。  「間投助詞」というのは、一部の終助詞の文中に使われる用法を特に別の助詞とし て名づけたものです。「終助詞の間投用法」とする考え方もできます。  けっきょく、『概説』では次のような助詞の分類になります。    格助詞 (主題助詞) 副助詞 並列助詞 (接続助詞) 終助詞 間投助詞     「の」(連体助詞?)  一般に使われている名称としては、もう一つ「係助詞」というものがあります。 これは、古典語では重要なものでしたが、現代語では「係り結び」という現象がな くなってしまったので、係助詞という分類の根拠もなくなってしまいました。  国語辞典の助詞の取り扱いの別の例として、『明鏡辞典』の説明を引用します。  『明鏡国語辞典』付録 品詞解説(p.1785-1791)   七 助詞     格助詞、接続助詞、副助詞、終助詞の四分類による。係助詞は、副助詞の一    部とし、間投助詞は終助詞に含める。並列助詞も立てず、名詞にしか付かない    ものは格助詞(「や」「と」など)、格助詞の後にも付くものは副助詞(「と    か」「も」など)、文相当のものを並べるものは接続助詞(「たり」「し」)    にそれぞれ組み入れる。                             (p.1789)  この並列助詞に関する説明は、はっきりしていていいと思います。  国語辞典は、その辞典がもとにしている品詞分類や文法について、どこかにはっき り書いておくべきだと思います。その点で、この『明鏡』や『学研新国語』『岩波国 語』などはきちんとしているいい辞典だと思います。    いつも参考にしている本の助詞分類を見てみます。
◇『基礎日本語文法』の助詞分類
 益岡・田窪『基礎日本語文法』の「第9章 助詞」から   名詞に接続して補足語や主題を作る働きをするもの、語と語、節と節を接続する  働きをするもの、等を一括して「助詞」という。助詞は、文の組み立てにおける働  きの違いによって主として、「格助詞」「提題助詞」「取り立て助詞」「接続助詞」  「終助詞」等に分かれる。   <注1> 文中での働きということから言えば、「助詞」として一括する強い根拠     はないが、ここでは、慣用に従って「助詞」という品詞を設けておく。ただ     し、助詞の下位分類の仕方については、学校文法等と一致しない部分が多い。                                 (p.49) ▽以下は省略して引用します。      格助詞には、「が、を、に、から、と、で、へ、まで、より」がある。     提題助詞には、「は、なら、って、ったら」等がある。   取り立て助詞には、「は、も、さえ、でも、すら、だって、まで、だけ、ばかり、  のみ、しか、こそ、など、なんか、なんて、くらい」がある。   接続助詞には、並列的な関係で接続する働きを持つ「並列接続助詞」と、従属的  な関係で接続する働きを持つ「従属接続助詞」がある。   このうち、並列接続助詞には、語と語(具体的には、名詞と名詞)を接続するもの  と、節と節を接続するものがある。    名詞と名詞を接続するもの:「と、や、も、に、か」等    並列節と主節を接続するもの:「し、が」等   従属接続助詞にも、語と語(具体的には、名詞と名詞)を接続するものと、節と節  を接続するものがある。    名詞と名詞を接続するもの:「の、という」等    従属節と主節を接続するもの     基本形に接続 「と、まで、なり」等     タ形に接続  「きり」等     基本形・タ形に接続 「から、けれども、なら」等     基本形・タ形、連体形に接続 「ので、のに」等     連用形に接続 「ながら、つつ」等     テ形に接続  「から」等                           (p.49-52から) ▽接続助詞の下位分類が非常に興味あるところです。  一般には(連体)格助詞とされる「の」や、並列助詞を、接続助詞としています。  合理的な分類だと思いますが、『概説』ではここまで踏み切れませんでした。

§0-6 仁田義雄の単語論

 上の単語の議論のところで紹介した「格助詞は名詞という単語の一部」とする考え 方を引用します。 仁田義雄「単語と単語の類別」『日本語の文法1 文の骨格』岩波書店2000 p.13  (前略)本書の基本的な考え・立場は、次のようなものである。従来いわゆる付属語 という資格やあり方で、単語として認定され、単語の地位を付与されていた助詞や助動 詞を、単語とは認めず、単語以下の存在、単語に様々な文法的意味・機能を付与し表示 する、単語の内部構成要素として位置づける、というものである。  上述のような本章の立場では、次のようになる。「山」が単語であり1単語であるとと もに、「山ガ」「山ニ」「山ヲ」「山デ」が単語であり1単語である(つまり、2単語で はない)。(中略)さらに、「舞ウ」が単語であり1単語であるとともに、「舞エ」 「舞オウ」「舞エバ」「舞ウト」「舞イ」「舞ッテ」「舞ッタ」が、単語であり1単語 である。また、「舞ワセル」「舞エル」「舞イ踊ル」「舞イ狂ウ」や「舞イ(転成名 詞)」「舞イ姫」なども、単語であり1単語である。                                (p.14) ▽上のように考えることは、原理的には賛成できるとしても、では、具体的にどこまで を「1単語」とするかという点で、いろいろ難しい問題があるだろうと思われます。  p.21では、     tabe・tari, tabe・φ, tabe・te, tabe・tara, tabe・ru, tabe・ta, tabe・yoo, tabe・ro, ・・・・・・     友人-φ、友人-ガ、友人-ヲ、友人-ニ、・・・・・・、     友人-コソ、友人-ヲ-コソ、友人-ニ-コソ、・・・・・・   のそれぞれは、「食べる」「友人」という単語の語形である(どこまでを、その   単語の語形群として扱うのかは、大きな問題であり、当の文法記述の単語観に基   本的に依っている)。 (p.21) 「大きな問題」であることを認めています。

§0-7 「形態素」について

単語の話をきちんとしようとすると、「形態素」という考え方を紹介 する必要がありますが、この「形態素」を専門的な辞典で調べてみる と、定義が複数あることがわかります。  まず、基本的な考え方から。  単語は、意味を表す最小の単位ではありません。「本棚」は「本」 と「棚」が複合した形です。そして、発音も変化しています。「ほん だな」の「だな」は、もちろん「たな」と同じ意味です。  この「たな」も「だな」も、同じ一つのものの別の形だと考えます。 このような「意味を持つ最小の形式」を「形態素」と呼びます。  形態素は、「たな」のように単語と同じ形になることもありますし、 「だな」のように、常に他の形態素とともに使われるものもあります。 この「だな」は、「たな」という形態素の「異形態」と呼ばれます。 言い換えれば、「たな」は一単語一形態素です。  動詞のような活用する語の場合はどう考えるのでしょうか。たとえ ば、「読んだ」「読む」はどうなるのでしょうか。 「日本語百科大事典」(大修館書店)  p.165の「形態素・語」には、   ヨンダ・ヨンデの yon は yom の、ダ・デは ta・te の異形態で   ある とあります。つまり、語幹までで一つの形態素としています。   yom - ta → yon-da yom - te → yon-de となると考えるわけです。同じ考え方で、「読む」は、「yom - u 」 となり、二つの形態素からなると考えます。  ここまでの考え方は、言語学ではごく普通の考え方で、日本語学、 あるいは日本語文法の解説書にもよく見られるものです。  ところが、同じ「日本語百科大事典」の p.267には、    仮に連用形を基本形態とすれば、「書き」が、a・e・u・o と    母音交替して各文法機能を表す異形態を形成し、 とあります。つまり「かき・かか・かけ・かく・かこ」が一つの形態 素としてまとめられる、ということのようです。  これは、最初の解説と違います。つまり、同じ「大事典」に、二つ の違った定義がのせられているのです。  さらに、その少し下にも、    おきる・おきれ・おきよ、のそれぞれを異形態とみなすのが    普通である。 とあります。(項目執筆:木田章義)  また、「日本語文法大辞典」という2001年出版の新しい辞典には、   形態素 (中略)日本語では、音節(拍)が、単独で     又は二つ以上結合した、形態(発音)と意義(内容)     との備わったまとまり。(以下略) と書いてあります。(項目執筆:秋本守英)  この定義からすると、「読む」の「む」が分けられることはあり ませんから、「yom-u」ではなくて「yo-mu」なのでしょう。  この二人の執筆者は国語学の研究者で、私の推測するところでは、 国語学では、言語学とは違った「形態素」の理解があるようです。    私の、個人的な解釈を述べてみると、この二人の執筆者は、おそ らく「形態素」という概念を単語の活用変化形をまとめるためのも のとしてとらえているようです。つまり、形を変える語のいろいろ な「形態」の「素」となるようなものが「形態素」である、と。  言語学の「形態素」は、単語という単位を基本にしていては分析 できないような言語、具体的にはアメリカ先住民の言語を研究する 際の必要から生まれた概念です。  国語学から生まれた「国文法」と、日本語教育で(多くの場合) 教える際の元にある「日本語文法」とが違ったものであることは 「まえがき」にも書きましたが、「形態素」という用語に関しても、 言語学の考え方を基本にもつ「日本語文法」と国語学とではかなり 違うようです。  村木新次郎の『日本語動詞の諸相』という本の初めのほうに、 「形態論の輪郭」という章があります。  村木によれば、形態素という用語の定義は三つあります。 ヴァンドリエスのもの、ブルームフィールドに始まるもの、そして ボードアン・ド・クルトネのもの。  村木の本は、この第三の定義に従うそうです。  ヴァンドリエスのものとは、セマンテームとモルフェームの対立 を考えるもので、文法的な要素、日本語で言えば、助詞助動詞の類 がモルフェームと呼ばれるものになります。  日本では一般的には使われていない定義です。  ブルームフィールドの、いわゆるアメリカ構造言語学の定義。こ れが私の習ったもので、今の日本の多くの言語学者が基本的には賛 成するだろうと私が思っている定義です。(細かいところは、多少 違うかもしれませんが。)  最後の、第三の定義は「単語の部分ということを強調する点で第 二の定義と若干異なっている」と村木は述べていますが、私にはよ くわかりません。  そこの違いはともかく、第二の定義でも、第三の定義でも、たと えば動詞の「現在形」の「読む/食べる」は、    yom - u tabe - ru と分析され、これらは2つの形態素からなる、とされます。  [-u]と[ru]は、同じ意味(断定・現在)を表します。つまり、 一つの形態素が別の形をとったもの、異形態であると考えます。  一方、国語学の定義は、村木の知らなかった「第四」の定義で、 「よむ」は「よま・よみ・よめ・よも」などの「異形態」をもつ 一つの形態素、とされるようです。  この考え方がどの程度広まっているのかはわかりませんが、立派 な辞典に書かれているので、国語学の中では確立された考え方なの でしょう。言語学の定義を学んだ人たちがこの定義を知って混乱し ないことを願うのみです。

§0.10 文の意味類型について

「意味類型」というのが何をさすのかはっきりしないかもしれませんが、 「0.はじめに」の最後で紹介した「文の種類」とはまた違った文の考え 方を紹介します。  次の佐久間鼎と三尾砂は、「9.「は」について」の補説にものせたも のです。  これらの文の類型が「は」の使用に大きく影響するからです。以下の研 究は、日本語文法の研究が、一般言語学に対して誇ることのできる発見な のではないかと、私はひそかに思っています。

§0.10.1 佐久間鼎(1941)

 「は」が使われるかどうかは、その文が表す内容にも大きく影響されます。 そのことを、おそらく初めてはっきり述べた佐久間鼎による文の分類を紹介 します。 ◇佐久間鼎(1941)による、述べられる事態の内容による文の分類     物語り文       事件の成り行きを述べる       述語として動詞を要求する        時や所の限定を必要とする     品定め文       物事の性質や状態を述べたり、判断を言い表したりする       述語としてコピュラ(名詞述語)、形容詞を要求する       ふつう有題文となる       ハ・ガ文という構文がある ・物語り文は有題・無題どちらもあり、品定め文は原則有題。  動詞文−名詞・形容詞文という分類にほぼ重なる。  ただし、性質を表す次のような動詞文は品定め文と考える。     この鉛筆はとがっている。     砂漠の土は乾いている。     海水は塩分を含む。     地球は回る。    また、次のような形容詞文は、一時的な状態を表すものとして、物語り文 に入れる。     桜がきれいだねえ。     空が真っ赤だ!  佐久間鼎(1941)『日本語の特質』育英書院(復刊1995くろしお出版)

§0.10.2 三尾砂(1948)

 次に三尾砂の説を紹介します。「現象文」は現在でもよく使われる概念と なっています。  事態のとらえ方  三尾砂(1948)は言語の「場」という概念を立て、それとの関わりによって文 を分類する。(しかし、この「場」という概念は明確に定義されていない。)     場の文      現象文     場を含む文    判断文     (場を指向する文  未展開文)     (場と相補う文   分節文)   現象文は現象をありのまま、そのままをうつしたものである。判断の加工   をほどこさないで、感官を通じて心にうつったままを、そのまま表現した   文である。     雨が降ってる。     とんぼがとんでる。     電車が来た。     火事だ。   判断文「雨は降ってる」は、雨が降ってるという現象をそのまま表現した   のではなくて、     雨は?   という題目をあたえられて、それについて降ってるか降っていないか止ん   だかを考えた上で「降ってる」という解決をただ一つだけえらんで、題目   に結合したものである。二つの概念を主観の内面的な統一作用によって統   一したものである。  次の「転位文」は判断文の一種である。     木から下りてきたのはおすのくじゃくだ。     おすのくじゃくが木から下りてきたのだ。 (転位文)     社長はどなた?        私が社長です。   (転位文)  課題(社長は?)に対して解決(私だ)を与えれば、     社長は私です。  [課題 は 解決 だ]  となるが、それを     [解決 が 課題 のだ]  の形になおしたものである。                 (以上は服部他編(1978)pp.365-8から抜粋) ・現象文は無題文に重なるが、おそらくそれより狭い。  判断文は、ここでの引用の限りでは有題文に同じ。        ハ              ガ       有題文            無題文       判断文               現象文      名詞文 形容詞文   動詞文  三尾砂(1948)『国語法文章論』三省堂

§0.10.3 三上章(1953)

三上章『現代語法序説』から  佐久間文法の言いたて文(平叙文)の分類は    1.物語り文    2.品定め文       イ.性状規定       ロ.判断措定 となっている。私はこれを祖述するものであるが、だだ内容本位の命名を、形式本位の 名称に戻して次のように改める。    1.動詞文    2.名詞文       イ.形容詞文       ロ.準詞文  動詞文対名詞文は西洋の言語学で、特にフランスの言語学で言出した区別である。動 詞文は事象の経過(process)を表し、名詞文は事物の性質(quality)を表す。この区別は 多かれ少かれ何語にも見られるもので、ただ区別の仕方や程度はいろいろだと言うので ある。多かれ少かれのうち、じつはこの区別を唱道した西ヨオロッパの言語は少かれの 方で、我が日本語などが多かれの側のように思われる。  述語を代動詞によって二種類に分ける。「スル」を代動詞とする用言が動詞であり、 動詞で結ぶセンテンスが動詞文である。動詞文には問題が少いから例文も一つに止どめ る。    イナゴガ飛ブ      飛ビハスルガ・・・・    イナゴハスバシコイ   スバシコクハアルガ・・・・    イナゴハ有害ダ     有害デハアルガ・・・・    イナゴハ害虫ダ     害虫デハアルガ・・・・ あと三例のように「アル」を代動詞とする用言で結ぶセンテンスを名詞文と総称する。 経過と性質との区別を担う形式が代動詞「スル」と「アル」なのである。今一つ外形に あらわれる特徴として、動詞文は係助詞「ハ」がなくても完全でありえるのに対し、名 詞文は「ハ」に助けられるのを原則とする。                            (p.40-42)

§0.10.4 益岡隆志(2000)

益岡隆志『日本語文法の諸相』くろしお出版 2000 第4章 属性叙述と事象叙述  本稿の目的は、益岡(1987)で論じた叙述の類型の問題を再考することである。叙述の 類型は文法記述において必要となる基本概念の一つであり、慎重に検討しておかなけれ ばならない。  叙述の類型とは、事態の叙述における方を種別するものであり、佐久間(1941)の「品 さだめ文」と「物語り文」の区別を引き継ぐものである。本稿では、「品定め文」と 「物語り文」に対応するものとして「属性叙述」と「事象叙述」という二つの類型を設 定することにする。  属性叙述とは、ある対象がある属性(特徴や性質)を有することを表現するものであ り、事象叙述とはある時空間に実現・存在する事象(現象)を表現するものである。以下 では、これら二つの類型に関して、構造の問題、テンスの問題、および述語の類型との 関係の問題を取り上げる。その後で、これらの類型には収まらない第3の類型を設定す ることにする。                                 (p.39)  以上の考察から、益岡(1987)の記述を2点改める必要がある。第1に、指定文は、ハ 指定文であれガ指定文であれ、属性叙述文ではないということである。「幹事は私で す」という文は、「幹事」が属性の持ち主を表し「私」がその属性を表すというわけで はない。同様に、「私が幹事です」という文も、「私」が属性の持ち主で「幹事」がそ の属性であるというわけではない。指定の表現は、属性叙述・事象叙述という枠には収 まらない独立の存在である。本稿では仮に「指定叙述」と名づけて、属性叙述・事象叙 述とは区別することにする。                                (p.49-50) ▽つまり、     益岡     佐久間       三上    事象叙述   物語り文      動詞文    属性叙述   品定め文      名詞文(措定)    指定叙述    (?)      名詞文(指定)      となります。

§0.10.5 工藤真由美の論文「述語の意味類型」

 工藤真由美の興味深い論文を紹介します。細かい解説は省略して、基本的な枠組、述語の 分類表と、ちょっと気になるところを抜き書きします。 工藤真由美「述語の意味類型とアスペクト・テンス・ムード」『言語』2001年11月号   このようなアクチュアルな<一時的現象>かポテンシャルな<恒常的本質>かの違い  に対して、<時間的限定性>という用語を使うことにしよう。   本稿では、以上のような時間的限定性の有無の観点から見た述語の意味的タイプの違  いに応じて、過去形の意味が法則的に違ってくることを考えてみたいと思う。                                 (p.41)  時間的限定性にもとづく述語の意味的タイプの分類    時間的限定性−−有−−<運動>花子が歩く               <状態>足が痛む/痛い/筋肉痛だ                      −−−−−<存在>先生は家にいる/留守だ                   吉野には桜がある/多い            −−無−−<特性>彼は優れている/優秀だ/優等生だ               <関係>趣味が一致する/同じだ/共通する               <質> ポチは秋田犬だ                                 (p.42)  time-stability のスケール    無←−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−→有     <運動><状態><存在><特性><関係><質>                                 (p.42)   品詞別による代表的な述語のタイプ          品詞    動詞述語      形容詞述語     名詞述語   意味類型    運動   飲む、読む、泳ぐ、踊る          焼く、出す、運ぶ、作る         座る、晴れる、痩せる、         結婚する、出発する、完         成する    状態   寂しがる、うんざりする 寂しい、うんざりだ  腹痛だ、風邪だ         痛む、臭う、見える、  痛い、臭い、ご機嫌だ 大騒ぎだ、腹ぺこだ         聞こえる、吹雪く、ぬる 忙しい、暇だ、必死だ 病気だ、吹雪だ、泥         ぬるする        好調だ、真っ赤だ、風 だらけだ、満開だ、                     邪っぽい、騒がしい、 パニックだ、大流行                     空腹だ        だ、評判だ    存在   いる、ある、存在する  ない、多い、僅かだ、 留守だ、空だ、出席                     乏しい、豊富だ    だ、不在だ    特性   優れている、しっかりし 優秀だ、堅実だ、平凡 優等生だ、しっかり         ている、ありふれている だ、おしゃれだ、複雑 者だ、寂しがり屋だ         しゃれている、こみいっ だ、けちだ、病弱だ、 甘党だ、泣き虫だ、         っている、しみったれて 器用だ、詳しい、赤い 緑色だ、やせっぽち         いる          大きい、固い、好きだ だ、近眼だ、美人だ                     女らしい、日本人的だ インテリだ    関係   一致する、似ている、違 等しい、そっくりだ、 大違いだ、共通だ、         う、共通する      無関係だ、親しい   逆だ、友人だ、親だ    質                           日本人だ、雑草だ、                                犬だ、医者だ、薬だ                                   (p.43)   以上のことから、述語の意味的タイプ化において、動的現象の時間的展開の捉え方の  違いに関わるアスペクトとも、基本的には発話時を基準軸とする時間的位置づけに関わ  るテンスとも異なる意味論的カテゴリーとして、<時間的限定性>を取り出しておくこ  とが重要であることが分かる。時間的限定性のある動詞述語と、時間的限定性のない名  詞述語とを両極として、形容詞述語はその中間に位置づき、動詞寄りの<状態形容詞>  と名詞寄りの<特性形容詞>に分かれる。                                   (p.46)   形容詞述語のうち、いわゆる「感情・感覚形容詞」は<状態>に入り、「属性形容詞」  は<特性>に入る場合が多いが、「好きだ、嫌いだ」は時間的限定性は基本的にない。  また「忙しい、暇だ、好調だ」のように感情・感覚ではない状態もある。これらの点や、  「病気だ、無言だ」は<状態>であり「病弱だ、無口だ」は<特性>であるというよう  な名詞述語と形容詞述語の分類をも視野に入れる時、従来の形容詞分類ではなく、時間  的限定性の観点からの分類の方が大局的に見て有効であることになろう。                                   (p.47注) ▽「2.名詞文」の補説に、高橋太郎の論文を紹介しました。工藤の論は、高橋の論や  その前の三上章の「措定/指定」の論とも比較して考えると、広がりが出てくると思  います。  最後の注の部分は、「3.形容詞」でもふれたいと思います。
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